予約を入れる
レストランで食事をしようという時、予約をするのとしないのとでは、座席が確保されるということのほかにどんな違いがあるのでしょうか。まず、席の位置が違うでしょう。店内にある席にも、良い席と良くない席とがあります。予約しておけば、ひどい席に案内される心配がなくなります。特に、5人以上のパーティの場合、お店側はテーブルの位置を変更しなければならないのが普通です。その時、予約があれば、大きなテーブル・セッティングをした時に周囲から見ても絵になる場所を確保してくれるというわけ。こちらの気分も全然違ってきますね。もし、予約したのに変な席をセットされてしまったら、それはそういう店だったということで・・・。
ウェイティング・バー
あなたが、招く側の時でも、招かれる側の時でも、店に到着する時刻というのを考えたことがあるでしょうか。こないだ(2000年5月)のことですが、ロンドンでかなりフォーマルな夕食に招かれたことがあります。どれくらいフォーマルかというと、世界各国の代表がひとりずつ集まる会合で、日本代表である私が日本を発つ前に先方からメニューが送り届けられ、あらかじめメニューを選んで連絡するように言われたくらいなのです。夜7時という約束だったので、6時50分に目的のホテルに到着したところ、ホテルの案内係は私を地下のバーに連れてゆきます。そこに着いてみると、すでに数人が着いていて、カクテル片手に談笑していたのです。実際に食事がスタートしたのは、それから1時間も後のことでした。最近は日本でも、ウェイティング・バーを持つレストランが増えてきました。先日も、職場の歓迎会か何かでウェイティング・バー付きのレストランを使いましたが、そういう時、ちょっと早めに着いて、カクテルのキールやベッリーニなどを片手におしゃべりをしながらメンバーが揃うのを待つ、というのはなかなかいいものです。しつけのしっかりとしたレストランならば、バーからテーブルへの移動の際に、ウェイターさんが我々ひとりひとりのカクテルを丁寧に運んでくれることでしょう。ですから、グラスを持ったまま移動してはいけません。
席につく
ダイニングルームに案内されたら、女性を先に席に案内します。時々間抜けなお店があって、婦人同伴なのに男性の椅子を先に引いたりするウェイターがいます(※)。そういう時は、やんわりと小声で「こちらのご婦人のお席を先にお願いします。」と言えばよろしい。ウェイターの「失礼しました。」のひとことで、再びものごとがスムーズに進み始めるでしょう。また、一同が着席した後で、ひとりのご婦人が遅れてやってきたとします。そういう時は、紳士諸君はさりげなく立ちあがり、そのご婦人を迎え入れることも自然にできなくてはいけません。これは、英国貴族のマナーのひとつである、紳士は淑女の前では許可なしに座ってはならない、からきています。こういうちょっとしたしぐさは、気楽なホームパーティーでもやってほしいと思います。ご夫人はよりエレガントになります。人間は、自分がどう扱われるかによって、いかようにも変わるのです。(※:何故、そういうことになるかというと、日本人の年配のお客の多くは、婦人同伴であっても、ご婦人よりも年長の男性の方が優先して席に着いてしまうことが多く、店側も仕方なしに、男性を優先的に席に誘導してしまう癖がついてしまっているのです。男尊女卑の風は、日本各地に未だ健在なんですね。)
メニュー選びは楽し
さて、テーブルに着くと、おそらく、メニューが渡される前に、口頭で飲み物の注文を聞かれると思います。この時、日本人とアメリカ人の大半はビールを注文します・・・というより、それしか思いつかないのですね。さきほどまでウイティング・バーで一杯やっていたのであれば、同じカクテルをおかわりしてもいいですし、はじめてならば何か注文しましょう。わかりやすいところでカンパリ・ソーダ、あるいはスプリッツァー(白ワインをソーダで割っただけ・・・故ダイアナ妃の好物でした)、お酒に弱いひとならばスプモーニ、ワイン好きなら独特の風味があるドライ・シェリーもいいですね。自分が好きなカクテルのひとつやふたつ、名前を用意しておいてください。あなたがホスト役の時、同席した方が何を注文していいか困ってしまう場面もあると思います。そういう時、ホストであるあなたの役割は、同席者の顔をつぶさずにスマートにこの場を切り抜けることです。うまくエスコートしながら、適切なカクテルを選ぶお手伝いをするのが紳士というものです。こんな時の知ったかぶりやうんちくたれは退場。
食前酒が決まったら、いよいよ楽しいメニュー選びです。メニュー選びのポイントは、本日のスペシャルが何であるかは必ず聞く、わからないことはどんどん質問する、迷っているひとがいたら声をかける、自分のメニューが決まったらさりげなく周囲に知らせる、です。あれも食べたいけれど、これも食べたい、なんていう時は隣の人と半分この交渉することも重要ですね。私は、くだけた食事の席では、全員が同じコースを選ぶ必要はないと思っていますし、誰かがスープを選んだからといって、自分はスープはいらない、という意思表示も必要だと思っています。
それぞれが、食べたいものを楽しく食べることができたらそれでいいのです。会食というものは、全員が整然と同じペースで食べるのではなく、人それぞれが思い思いのメニューを、思い思いのペースでいただきながら、全体としてひとつの楽しいひとときとしてはじまり、終わることができたならば、それが楽しい食卓なのではないか、と思うのです。誰かが、自分だけ食べるのが遅いことを気にかけながら、きゅうくつな思いをする、というのはうれしくないじゃないですか。
ワイン問題
そう、ワインは問題なんです、多くの人にとって。食事の席のホストと目される人には、ワイン・リストが手渡されることでしょう。ホストであるあなたがワイン好きであり、ワインに造詣が深いのであればこの章はここから先をお読みになる必要はないかもしれません。問題は、どのワインを選んだらいいかわからない時です。まず、あなたが決定しなければならないのは、ワインの予算です。レストランのワインメニューの価格は、フルボトル(750cc)で、安いもので2000円、中くらいで3000円から10000円くらいのことが多く、2万円以上のワインが置いてあったら、その店はかなりのものです。レストランでのワインの価格は、酒屋で売られている価格のおおよそ2倍くらいです。ですから、2000円だったら酒屋で1000円以下のワインということになります。まともな味、香りのワインを要求するならば市価で2000円以上欲しいですから、レストランのメニューに換算すると4000〜5000円のワインがボーダーラインということになります。
ここまでおさえておけば、後は、赤か白か決めればよろしい。良い赤はこくがあると同時に渋みもあります。白は飲みやすいという点ではリスクは少ない。いちばん賢い方法は、ソムリエ氏にお店のお勧めを教えてもらうていう方法です。ソムリエを置いているようなレストランならば、比較的手ごろな価格で(つまり5000円くらいで)おいしいワインを置いているからです。もちろん、こちらの好みをちゃんと伝えて、選んでもらうのもいいと思います。その時大切なのは、知ったかぶりをしないこと、ソムリエ氏と勝負しないこと。このような行為は、すべからく座をしらけさせます。これこそマナー違反です。
さて裏技。私だったら、思いきってやや高めのワインを1本だけ選びます。良いワインというものは、ほんとうに料理の味を引き立て、また、ワインそのもののおいしさで食卓を大いに盛り上げる力を持っています。5000円のワイン2本で赤白そろえるよりも、赤でも白でもいい、1本の1万円のワインの方がはるかにパワフルなのです。安いワインに最高のステーキという組み合わせよりも、最高のワインに中くらいのステーキの組み合わせの方を選びます。
もうひとつの裏技。それは、上等のシャンパーニュだけで通してしまうという手です。お酒に弱い人が多い席ではこの手が有効です。シャンパーニュ(スパークリング・ワインではありません。ちゃんとChampagneと明示されているやつです。)は、白ワインの中でも特上に位置付けられています。白のくせに並の赤をはるかにしのぐこくがあり、力があります。ですから、シャンパーニュであれば上等のステーキにだって負けずに、お料理を引き立てることもできてしまうのです。肉料理だから赤ワイン、という規則はありません。ただし、シャンパーニュの後に安物の赤なんぞを飲むと、ただの水のように感じてしまいますから、食事のはじめにうっかりシャンパーニュなぞを開けてしまうと、後に続くワインに安いものは選べなくなりますからご注意。
いわゆる食事のお作法について
宮中の晩餐会では、お作法はかなり細かく決められているそうですが、私達の世界ではお作法は非常にゆるやかなものだと思います。お茶の作法も、非常に格式ばっていて難しそうに見えますが、それは、気持ちよく客をもてなすためのひとつの形であって、お作法の根底には、形よりも相手をもてなす、おもいやる気持ちの方が優先する、という考えが流れています。フランス大統領のドゴールが、各国の要人を招いた会食の場で、アフリカから来た代表が知らないでフィンガー・ボウルの水を飲んでしまった時、列国の代表は顔をしかめたのに、それに気づいたドゴール大統領は、すかさず、自分のフィンガー・ボウルの水を飲んでしまった、という話があります。それを見た列国の代表達は、ドゴールの心遣いに感動し、会食は大成功であったとききます。もてなす、ということはそういうことなんだと思います。
日本人の勘違いのひとつに、なんでもかんでもフォークの背中に載せて食べる、という食べ方がありますね。あれはどう考えても変です。フォークを右手に持ち替えて、普通のすくってたべたらいいと思います。ただし、なんでもかんでもフォークですくって食べるのは亜米利加人だけ、と見下す国もありますからご用心。西洋のエチケットでは、器ごと口まで運んだり、料理を口で食いちぎることを嫌います。バナナを食べる時は、正式には、ナイフとフォークで切り分けますが、そこまでしなくても、むいたバナナを手でもいで食べるくらいのお行儀は守ってください。これは、よそのお宅に招かれた際、バナナが出された時にも使える手です。たったこれだけのことで、一目置かれることだってあるのです。
もうひとつの西洋の作法の特色は、無闇に音を立てない、ということがいえます。これだけは守りたいです。スープやお茶などを、ずずず、と音をたてて飲むのはやめてください。なぜならば、今やこのような西洋作法に慣れた日本人はたくさんいます。彼等にとって、音をたててすする行為は、たまらなく不快感を催すからです。かくいう私もそのくちです。音といえば、くちゃくちゃいわせて食べる、しーっ、と音をたてて歯の掃除をする、ぴちゃぴちゃと舌鼓を打つのも遠慮したいです。日本古来許されてきた食べ方も、このHomePageでは通用しません。
コミュニケーション
レストランで重要だと思うことのひとつに、ウェイターさんとのコミュニケーションがあると思います。しつけのゆきとどいたレストランでは、ウェイターさんや支配人は、常に、ひとつひとつのテーブルの状況を把握しています。肉用のフォークを別の目的で使ってしまった時、もう一本フォークがあったらいいな、などと思いつつ周囲をきょろきょろしかけたとき、それに気づいたウェイターさんが飛んでくる、というわけです。今日はなんだかお腹がいっぱいだなあ、これ全部食べてしまったらデザートがはいらなくなっちゃうから、このお料理はこれでおしまいにしたいなあ、と思ったら、ナイフとフォークを揃えてお皿の中央に置けば、「このお皿を下げてください」というメッセージになります。お皿を下げてくれるとき、「とてもおいしいんですが、デザートもいただきたいので。」の一言を添えるだけで、食べ残しのあるお皿を見た料理長の疑いも晴れるっていうもんです。きっと、デザートで頑張ってくれるに違いありません。
時々、偉そうにウェイターに文句を言う人がいます。なにかにつけて尊大な態度を見せる人がいます。なんだか、自分は店の従業員よりも「上」なんだと言いたそうです。このような行為すべて、楽しい食事の雰囲気を台無しにし、店側の士気をそぎます。重大なマナー違反というべきでしょう。
ちょっとしたイベント
誰かのお誕生日であるとか、自分達の結婚記念日であるとか、何か記念すべき日の食事の時は、あらかじめ予約の時にその旨を店側に伝えておくのが常識です。まず間違いなく、お店からの特別なサーヴィスがあると思います。お店側だって、そういうスペシャル・サーヴィスをしたいものなのです。お店側のサーヴィスだけというわけではありませんね。あなたが、ちょっとした特別なイベントを仕掛けることも考えた方がいいと思います。誰かのお誕生日であれば、あらかじめ、プレゼントのお花を用意し、お店の人から出してもらうのです。もっとおしゃれな演出をしたいのであれば、レストランの近所の花屋さんにお願いをして、テーブル・セッティングの時にすてきなお花を飾っておいてもらいます。あなたは、何食わぬ顔でみんなと一緒に店に現れます。当然、誰もが店内の中央に用意されたりっぱなテーブル・セッティングに気づくでしょう。そのテーブルに案内された時の、みなさんの驚きと喜びを想像してみてください。人は誰でも、誰かが自分のためにすてきな何かを用意してくれていたことに感動するものです。
余談ですが、数年前のある時、私が家族とともにロンドンのホテルの部屋に到着した時、その部屋のテーブルに冷えたシャンパーニュとすてきな果物が用意されていたことがありました。そういうことを仕掛けた人がいたのです。その心遣いに感動し、センスの良さに脱帽した覚えがあります。
デザートがいのち
そう、デザートがすべてを決める・・・と思っています。俺は男だ、そんな女々しいものなんか食えるか、というのが明治以来の日本の伝統らしいですが、西欧の紳士諸君は、目を輝かせてデザート・メニューをのぞきこむのが普通です。誰だって、甘いものには目がないのに、日本男児の痩せ我慢には参ります。そういう態度は、わたしから見たらやはりマナー違反です。デザートは、あれもこれも食べたいですね。デザートに力を入れているレストランであれば、大きなワゴンでやってきて、好きなだけ取り分けてくれるでしょう。そういう時は、遠慮せずにあれもこれも食べたらいいんです。お店にしてみれば、メニューに必要な種類だけは毎日作っているわけで、残ったところで困るだけのこと。そして、おいしいおいしいを連発して盛り上がりましょう。これでお客もお店も幸せになれる。
帰り際に
帰り際には、かならずお料理の感想を伝えましょう。まずかったものについて、あえてまずいと言う必要はありません。摩擦の種を蒔くなんてエチケット知らずのやることです。おいしくなかったものは、料理の残り具合でちゃんとわかりますから、言う必要などありません。すぐれた料理人は、お客が残した料理があったら、なんで残したのかそれを食べてみるものです。火の通りが悪かったのか、固すぎたのか、等々。おいしかったものは、ちゃんと誉めましょう。自分が作った料理がおいしいと誉められ、そのお客がまたやってきてくれたら、本当にうれしいのですから。ところで、お勘定の支払い方ですが、一流店の多くはテーブル・チェックです。お客様を立たせて支払わせたりしません。そのへんのところは、レストランの格であるとか、流儀にもよりますが、すくなくとも、テーブル・チェックをしてくれるお店で、こちらがレジまで足を運ぶなんていうのはやめておきましょう。
それから
ここからが大切なんですが、そのレストランが気に入ったら、季節を変えてまた足を運んでみましょう。たとえば、そのお店が銀座にあったとします。ある日、広尾にいてその晩どこかで食事をすることになったとします。そんな時、広尾にこだわらないでお馴染みの銀座のレストランに電話を入れ、予約がOKだったら銀座まで足をのばしたらいいんです。地下鉄日比谷線でたった12分しかかかりません。そうやって、何度か足を運ぶうちに顔見知りになり、店の得意料理もわかってきます。お店側にしても、顔見知りのお客を大切にしないわけがないんです。そうやって居付いたお客によって、店は育てられてゆきます。