グルメ探検隊 No.1 自分で門をたたいてみる
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世に、おいしいもの地図、グルメマップ、雑誌の特集・・・とおいしいお店を紹介するメディアはあふれています。写真入り、メニュー付き、★の数でランキング、そして地図と電話番号。グルメマップを買ったひとは、かたっぱしからお店をたずね歩き、東京の味を制覇してゆくことができる。やがて、いっぱしのグルメ通、お店通になってゆく。でも、これって、限界を感じません?お店との出会いは、そんなに安直なものではないものだと思っています。お店にしてみれば、商売をやっている以上できればたくさんのお客様に来て欲しい。しかし、店の側にもそれぞれに思いというものがあるはず。かつて東京に、高齢の夫婦でやっている洋食やがありましたが、雑誌で紹介されてからというもの、たくさんのお客が来てしまい、人の好いあるじは断ることができずに、あっという間に夫婦揃って体をこわしてしまって無念の廃業・・・という事件があったのを覚えていらっしゃる方もあるかと思います。築地にあったオムライスで知られたお店です。ひどい話です。(雑誌を見ておしかけた覚えのあるあなた、反省なさい!)
雑誌やテレビで紹介された直後は、そこで知ったお客(とはいいたくありませんが)が押しかけて、その店の良さも個性もなくなってしまっています。常連客は、顔をしかめていることでしょう。故池波正太郎氏は、店をはじめて訪れる時は、常連客のいない時間帯を狙ってそっと訪れたとききます。店は逃げてゆきません。ですから、あわてないで、良いタイミングをはかって行ったらいいのです。それができない人によって、どれほど多くの店が駄目になっていったことか。
ガイド片手に、店を訪れるのが悪いとは言いません。しかし、たまには自分の足と目で、店を発掘してみてはいかが。こうすることで「おしかける」というスタンスが、「訪問する」に変わり、お店との出会いや付き合い方が大きく変化するのです。
私は、学校がお茶の水にあった関係で、よく神田界隈をうろつきました。靖国通りを曲ったところに、間口の狭いたぶん和菓子屋であろうと思われるお店がありました。至って端正な構えで、学生などを寄せ付けない雰囲気の店構えです。その数年後、就職したある日、仕事の都合でたまたまそのお店の前を通りかかったのですが、気後れしてしまって引き戸を開ける勇気が出ません。
さらに数年が過ぎたある年のお正月、またまたそのお店の前を通りかかりました。店の引き戸に「はなびら餅あります」の文字がかかっています。「そういえば、初釜だな。」と思いながら通り過ぎようとしましたが、どうも気になります。「はなびら餅を買って帰って、我が家でもお抹茶をいただきたいな。どうしようかな。」と迷います。引き戸を開けて、中からおっかないおやじが出てきて、追い返されたらどうしよう・・・なんて妙な考えがよぎったりします。いよいよ決心をして、さあ、はいろう、と思った途端、引き戸ががらっと開いて、上等な着物を着たいかにもお茶の師匠さん風のご婦人が出てきました。「ああ、やっぱり俺なんかがはいる店じゃない。」行きかけたものの、後ろ髪が引かれる。えいっ、と飛び込んでみれば、あるじの「いらっしゃいませ。」のおだやかな声。
以来、羊羹といえばここ、最中もここ、和菓子もここです。だいじな訪問がある時は、ここまで足を運んで買いに来ます。支店がないので、よそでは買えないのです。
街で見つけて、入ってみて、やっとそのお店の善し悪しや自分に合う合わないがわかります。「そんなリスキーな、はずれたら損するじゃない。」とお思いでしょう。もちろん、はずれたからって代金払わずに飛び出したら、食い逃げ(正確には窃盗罪)です。損する確率も決して低くはありません。でも、これが本当なんです。たかだか数冊の雑誌やグルメのネタ本程度の投資しかしないで、うまいものにありつこう、感じのいい店を見つけよう、なんて虫が良すぎます。
では、どうやって、いい店を見つけるか。たとえば、街を歩いていてちょっと立派な構えのいかにも「昔から蕎麦屋やってます」風のお店に行き当たったとします。さて、はいったものかどうか。悩んだら、お店の裏にまわってみましょう。勝手口を検分してみます。ここが汚れていたり、ごみの出し方がいい加減だったりしたら、はずれです。店のあるじがしっかり者である場合は、必ずといっていいほど勝手口がきれいで、きれいに掃き清められてあり、打ち水のひとつもしてあるものです。表がどんなにきれいでも、勝手口検分の第一関門を突破できる店は、実に10軒に1軒くらいしかありません。そして、勝手口がいつもきれいな店は、それなりのポリシーと味を持っているのが普通です。(もっとも、世の中には、むちゃくちゃきたないけど、おそろしくうまい、なんていう例外もありますので・・・天才肌のあるじにこういうのが多い。)
先日、東京は恵比寿駅の東口をうろうろしていたら、かすかではありますが、とてもうまそうな香りが私の鼻を一瞬よぎりました。オリーブ油とかぼちゃの種のオイルの混ざったような香りです。おやっ、と思って数歩後戻りし、再び鼻をぴくぴくさせてみます。「なんか、こっちの方だな。あれ、怪しい階段の上から漂ってくるな。」とんとんとん。「なんか、ごちゃごちゃした入り口だな。ランチ950円と1500円。中が見えないぞ。どうなってるのかな。」よぎる不安をおしのけ、中に飛び込みます。「あのう、歩いていたらなんかいい香りがしたので上がってきちゃいました。今はいってもいいですか。」「いらっしゃいませ。どうぞどうぞ。」「おおっ。なんという活気。従業員のきびきびした動き。そして、さっき私の鼻をかすめた香り。」「それにしても、なんでお客が女性ばかりの2人〜4人連れなの???」(後日わかったことですが、最近、HANAKOの誌上で紹介されたんだそうで。ほんとに迷惑な雑誌ですね、HANAKOって。あそこに載ると、いっときだけおばさんがどっと押し寄せる。)
志木に住んでいる私の友人が、とてもすてきなお寿司屋さんを教えてくれました。聞くところによると、彼は、志木中の何十という寿司屋に足を運び、ようやくこの店に巡り会えたのだそうです。うまいものを食べたかったら、これくらいの努力をしなければいけません。今や、彼がその寿司屋とただならぬ関係であることは、想像にかたくないでしょう。そうやって来てくれたお客を、お店が大事にしないわけがありません。
気に入ったお店ができて、何度も通うようになったら、お店の人に声をかけたらいいと思います。おいしかったらおいしいと、わからないことがあったらおしえてくれと。ちょくちょくやって来るお客がいれば、お店だって気になっているものです。声をかければ、お店側もそれに応えてくれるもの。そうやって、お店とお客の関係が本物になってゆきます。
グルメ探検隊 No.2 八百屋を考える
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弟子「今日はずいぶん変わったテーマですね。」
師匠「八百屋を考えちゃあいかんかね。」
弟子「八百屋とグルメとどう関係があるんですか。」
師匠「つまりだな、今日は料理の素材について考えたいんじゃ。」
弟子「そうでしたか。最近は、百貨店やスーパーでもいろんな野菜が手にはいるようになりましたしね。」
師匠「これこれ、わしはそういう話をしたいんじゃないんだよ。八百屋。近所の八百屋が今日のテーマじゃ。」
弟子「でも、どうして近所の八百屋なんですか。」
師匠「ごちゃごちゃいわんと、今からイトーヨーカドーと角の八百屋の両方に行って、季節も終わりかけのみかんを買いに出掛けるぞ。」
弟子「は?」
師匠「それから、八百屋には卵の安いのがあるから、それも買おう。」
弟子「???」
・・・5分後・・・八百屋の前を通過しながら・・・ 師匠「おじさん、こんにちは。」
八百屋のおじさん「さむいねー。」
師匠「あとで寄るからね。」
弟子「師匠、ここの卵は130円で安いですね。」
師匠「ちょっとこぶりなんだよ。」
・・・10分後・・・イトーヨーカドーにて・・・ 弟子「すごいですね、大中小、どのみかんの粒も揃ってますね。」
師匠「どれでもいいから好きなのを買いたまえ。」
弟子「いいんですか、じゃあいちばん高そうなやつ。」
師匠「この牛乳を買っておこう。」
弟子「あ、20円引き。1日古くなったやつですね。」
師匠「では、戻るぞ。」
・・・20分後・・・八百屋の店先・・・ 八百屋のおじさん「こんちゃ。何持ってく?」
師匠「みかんと卵。」
八百屋のおじさん「このみかんは甘いよ〜。でも、もう今日で終わりだね。」
弟子「師匠、師匠。卵が売り切れですよ。」
師匠「おじさん、今日はもう卵は完売かい。」
八百屋のおじさん「なんだか、今日はすぐになくなっちゃったんっだよ。1パックでいいかい?」
師匠「1パックでいいよ。ほかのお客さん、まだだろ。」
八百屋のおじさん「すまないねえ。」
師匠「じゃあ、またね。」
八百屋のおじさん「ありがとうございました。」
・・・25分後・・・帰宅・・・ 弟子「師匠、あのおじさん、店の奥から卵出してきましたね。」
師匠「うん。」
弟子「あの卵、何なんですか。」
師匠「行きがけに、帰りに寄るって言っといただろ。だから、八百屋のおじさん、念の為に僕らのために卵を確保しといてくれたのさ。」
弟子「どうしてわかるんですか。帰りに卵を買うって。」
師匠「そりゃあ、古いつきあいだからねえ。今日は思ったより早くに卵が売れちゃったから、ほかのお客さんも困るかも知れないから、1パックで遠慮しといたんだよ。」
弟子「それでおじさん、すまないねえ、なんて言ってたんですね。」
師匠「さて、みかんをむいてみよう。」
弟子「おいしいですね、八百屋のみかん。」
師匠「うまいね。」
弟子「イトーヨーカドーのは、はっきりいってまずいですね。とっても格好いいし粒揃いなのに。」
師匠「・・・。」
弟子「師匠、わかってたんでしょう?」
師匠「うん。」
弟子「でも、なんでなんだろう。」
師匠「今日の、我々と八百屋の関係をね、八百屋と市場の関係に置き換えてごらん。」
弟子「つまり・・・師匠と八百屋のおじさんがデキてるように、八百屋と市場とがデキてる関係だってことですか?」
師匠「そういうことだよ。」
弟子「なんで、スーパーはだめなんですか。」
師匠「かならずしもだめというわけじゃないけどさ、所詮スーパーのバイヤーなんてサラリーマンだからね。事業主の八百屋のおじさんとは格がちがうわさ。」
弟子「ところで師匠、普段は奥様が八百屋で買い物されるんでしょう。どうして師匠は八百屋のおじさんを知っているんですか。」
師匠「たまにしか立ち寄らないけど、必ず話をするようにしているからね。ところで、最近の人はお店の人と会話ができないらしいね。」
弟子「そうなんです。買い物をする時、そっとしておいてほしいんですよ。」
師匠「つまり、スーパーの売り場で自分の限られた知識だけでひっそりと品物選びをしてるってわけか。」
弟子「ま、そういうことになりますね。」
師匠「愚かなことじゃな、まったく。」
グルメ探検隊 No.3 若造のいない店
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成り金趣味のおっさんの居る店もいやですが、洟垂れの若造の姿が見える店もまたいやなものです。なんていうことを書くと、一体お前はどうなんだ、と切り返されそうですが。自分の若い頃、二十歳から二十代後半くらいにかけての自分がどうであったかを思い出すと、穴があったら飛び込みたくなるくらい顔が赤くなるのを覚えます。それほどに、無知で、もちろんおそろしく無恥で、知ったかぶりのお面をかぶった、威勢だけは一人前の、そして周囲へ気配りなんぞは微塵もない若造であったことをはっきりと自覚できるのです。今、どこかの気に入った店で食事をしていて、ふと隣のテーブルを見た時に、そういう過去の自分が座って愚かしい会話をしているのに出くわしたら、即刻、席を立って店を出るだろうと思います。
実際、若造という人種は、誰もが大人になってゆく過程で必ず通過しなければならないものなのに、実に困ったものです。高校生あたりから、虚勢と無知が身につき始め、成人前後で無恥が醸成され、次第に正真正銘の若造に仕上がってゆく。特に、同年代の素敵な女性を同伴していようものなら、その愚かしい行動は頂点をきわめるのです。その様は、ほとんど悲喜劇といってよいでしょう。この世には、そんな愚かしい若造にも、ちゃんと付き合ってくれる女性がたくさんいるのですから、女性という生き物はなんと我慢強く、逞しく、達観しているのだろうといまさらながらに尊敬の念を新たにするのです。
しかるに、若造の来ない店を探すのには苦労させられます。まず、目立つ看板が出ている店は難しいです。グルメ・ガイドに載ってくれても困ります。TVで放映なんていうのはもってのほかです。異様に値段の高い店は、こんどは、成り金ジジイがやってきますからこれも具合が悪い。うまくて、サーヴィスがしっかりしていて、長続きしていて、ポリシーが通っていて、しかもリーズナブルな価格の店、そんな店一体どこにあるのだろう。
しかし、そういう店はちゃんと存在します。だから、東京という街は捨てたものではないのです。もちろん、数はおそろしく少ないし、見つけるのにはなかなか骨が折れます。はじめて、そういう店の扉を開くのには相当の度胸と覚悟がいります。これは、スリリングな大人のゲームです。
こういう店は、概して古臭さがあります。使い旧したようなインテリア。一歩間違えるとただの襤褸レストランになってしまいそうです。そうならないのは、おそらく店主の教養のせいです。店主の教養は、従業員の顔や態度に出ます。おそろしいものです。そして、外界から遮断されたどこか懐かしい居心地の良さと、ゆったりとした時間が、そこにあるのです。
そういう店を守り伝えてゆくためには、いくつかの心得ておくべき約束があります。
バーならば、3人以上で押しかけてはなりません。大声や議論は禁物です。もちろん、長居も。服装にも十分すぎるほどに気を遣ってもらいたいです。お客から見たら、バーテンダーはカウンターの向こう側の絵です。だとすれば、お客であるあなたは、カウンターの向こう側から見た絵でなければならないのです。それがエチケットというもの。
レストランならば、予約なしの時は4人以下でなければなりませんし、それ以上の時は、必ず予約がいります。5人以上のお客を違和感なく店内に迎え入れるためには、店の側に十分なテーブル・セッティングの余裕を与えなければならないからです。どんなレストランでも、6人〜8人がサマになるテーブル・セットのスペースを最低一個所は持っているものです。そういう時のためのスペースが、本来の目的に使われた時、店内は一幅の絵になるのです。
たとえば、男女のカップルが何組かいて窓際や壁際のテーブルについているとします。紳士殿やご婦人方3〜4人のテーブルもいくつか見当たる中で、レストランのほぼ中央の大きなテーブルに、上座に座った老齢の紳士を囲むように息子夫妻やら孫やら6〜8人がにぎやかに席についている、なんていう景色を想像してみてください。おそらく老紳士の何かのお祝いであろうその大テーブルは、レストランを飾る華であるに違いありません。良い風景です。
さて、お約束です。
清潔でその場面に会った服装であること。
ドタ靴をはいてゆかないこと。
携帯電話の電源は切ってから入店すること。
勝手にずかずかはいってゆかないこと。
良いテーブルに注文をつけたかったら、予約をしておくこと。
女性であれば、堂々と男性を従えてはいり、先に席につくこと。
男性であれば、女性よりも先に着席しないこと。
同伴の女性の人数が多すぎて店側のサーヴィスが追いつかない時は、あなたも立って女性の椅子を引くこと。
ご婦人が遅れて来たような場合、座っていたあなたはごく自然に立ち上がっていなければならない。
当然、煙草を吸わないこと。
ましてや、頭髪に手をやるなんて。
手を振って、声を出して人を呼ばないこと。
メニューは、両手でしっかり持って真剣に目を通すこと。
わからない食材が出てきたら、ちゃんとたずねること。
ワインリストも同様。
ソムリエ氏に議論を挑まないこと。
ソムリエ氏を信頼し、率直でおしゃれな会話を楽しむこと。
知ったかぶりをしないこと。
常に、謙虚であること。
常連面をしないこと。
店側にどんな粗相があっても、咎めないこと。
お礼を言うこと。
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