困ったことに、山が好きな人は山に登ろうとします。山に登ると、山の良さをしみじみと感じることができます。そこで、何度も何度も、あっちの山だけでなくこっちの山にも登りたくなります。それが昂じてくると、深田久弥の「日本百名山」全山踏破などに挑んでしまったりする人まで出てきます。人が山に登った時に生じる問題はたくさんあります。廃棄物をどうするか、それから無意識のうちに人が山に持ち込んでそこに残して行ってしまうものをどうするか、という問題です。人が山に踏み込むことによるインパクトについても考えなくてはいけません。
意識的廃棄物
いわゆる、「ごみ」の持ち帰りの問題です。昭文社のエアリアマップから全国各地の登山用地図が販売されています。その地図の裏面に登山装備のチェックリストが載っています。今から19年程前のことですが、当時は「ごみ持ち帰り袋」がそのリストから漏れていました。ごみを持って帰ろうとい考え方はそれまでの登山愛好家には希薄だったのです。私は、昭文社あてに「このリストに是非、ごみ持ち帰り袋を加えて欲しい」旨の手紙を出したことがあります。「早速、リストに加えましょう」という返事と、素早い対応をしていただけたことを記憶しています。しかし、どの山も、山頂直下で視界にはいりにくい斜面の草をかきわけて下ってみると、必ずごみが捨てられている一帯に出くわします。これが実態なのです。見えにくいところには、必ず、膨大な量のごみが投棄されています。山頂直下の大量の隠しごみが、人間の持つ醜い一面を物語っています。
無意識的廃棄物
持ち帰りたくてもなかなか持ち帰ることができないもの、廃棄物という意識が希薄なもの、しょうがないと思っているものもあります。人間の排泄物です。山道からちょっとはずれてみてください。そこには、おびただしい数の人間がうんこをした形跡を見つけることができます。北アルプスのメインルートになると、うっかり山道の外に踏み込もうものなら、誰かの落とし物を踏みそうになって油断もすきもありません。メインルート脇10m以内はすべて人間のうんこ場なのです。天然記念物でもある尾瀬の山小屋がかかえる大きな問題のひとつが、山小屋のトイレに溜まった人間の排泄物の処理であるのというは有名な話ですね。尾瀬の場合はまだいいのです。尾瀬以外の多くの山小屋のトイレがどうなっているか、よく見てください。みなさんが排泄したうんこは山小屋の裏の斜面にだらだらと散らばっている、なんていうケースはいくらでもあるのです。もうこれはトイレなんかではなく、集団的定点野糞です。
うんこはいずれ土に戻るから大丈夫、とおっしゃる方は、そのうんこの数の多さと周辺に散らばっているティッシュペーパーやその袋をご自身の眼で確認されたらよろしい。犬の散歩と同様に、人間がしたうんこも持ち帰るべきであると考えます。
インパクト・・・植物系
山道ではさまざまな花を見ることができます。オオバコ、セイヨウタンポポ、セタカアワダチソウ、ヨシ、キクイモ、クマツヅラ、オオイヌノフグリ。こういった植物は、もともと日本の山にはなかったものです。みんな、登山者のズボンやら持ち物やらによって種子が運び込まれることによって、山に侵入してきました。尾瀬ヶ原の山の鼻付近に、オオバアキノホロシという可憐な花が咲くポイントがあります。ところで、オオバアキノホロシは外来植物です。外部から侵入した植物の多くは、在来種を駆逐してしまいます。生命力が強くて在来種を追い出してしまったり、生育する時に自分に都合の良いように土壌の性質を変えてしまうからです。人間が山に侵入しなかったならば、このような事態の多くは避けられたのではないでしょうか。
山の地面というのは、本来、ふかふかでやわらかいものです。踏み込んでみると、山靴の半分くらいまで埋まってしまうくらいのやわらかさです。ところが、一旦人間の足で踏み付けられると、やわらかかった土壌はあっという間に硬化してしまい、そう簡単には元に戻らなくなってしまいます。そうなると、そこにはもはや山の植物は生い茂ることはできなくなります。山道の脇には、かたい土壌でも元気に生育できる(街から運び込まれた)オオバコの天下となってゆきます。
休日の夕方、新宿駅構内は奥多摩の山々から帰って来た老若男女(最近は「若」は少なくなった)でいっぱいになります。女性(特におばさんの団体)に多いのが、手に草花をお持ちの方。山の植物は「撮っても、取らない。」とあれほど言われているのに、このていたらくです。
人間は、精神的に弱い生き物です。強い精神とりっぱな理性を持った方もいらっしゃいますが、それはきわめて少数派です。山で美しい花を見掛けたら、つい手が伸びてしまうのです。見たいものがあったら、どしどし踏み込んでしまうのです。そういう人に向かって「だめですよ。」と言って聞かせても、その場限りの効果しかないものです。山の入り口に封印をしてしまう、というのが親切というものです。
インパクト・・・動物系
最近の山は、そこの住人にとって生命をおびやかす危険物でいっぱいです。ナイロンの釣り糸、鉛の弾丸、ポリエチレンの袋、その他さまざまな合成樹脂製品。山の住人達は、人間が持ち込んださまざまな危険物の正体を知りません。食べてしまったり、からまって動けなくなったり、体調を崩したりします。本来の食生活を忘れ、人間の与える食物に依存するようになってしまうもの達もいます。
森の動物の多くは、普通、それぞれがかな広い縄張りを持っています。一方、人間は縄張り意識が希薄であり、10mも離れれば相手に縄張りを主張することはまずありません。そういう感覚で森に侵入すると、そこの住人達との間で意識のずれが生じます。先方は、もうこれ以上そばに来て欲しくないと感じているのに、人間の方は、こんなに離れているのだから大丈夫もっとそばに寄って見てみよう、という意識でいます。
北アルプスのメインルートや尾瀬などは、人口密度が高すぎるように思います。