クラシック楽屋ばなし.

photo by Tetsu Kimura
ゲネプロ: ドイツ語のゲネラルプローベ(Genaralprobe)の略。
本番直前の舞台稽古のことで音楽だけでなく演劇等でもこのように言う。
コンサートの場合は、本番当日、本番の直前に行うのが一般的。

全曲通すのが普通だが、練習嫌いの指揮者の場合はつまみ食いのこともある。
時々、ゲネプロと本番とで振り方を変える指揮者がいて、
一流のオーケストラの場合はそれが良い緊張感を生むことになるが、
二流以下のオーケストラだったりへぼ指揮者の場合は本番が悲惨なことになる。

ベートーヴェンの交響曲第5番第一楽章の冒頭、じゃじゃじゃじゃーん、
となるはずが、じゃじゃじゃじゃじゃーんになったことがある。

右画像は歌曲プログラムのゲネプロ風景。
まだ客入れしていないが、すでに受付準備は完了している。
アーティストは、普段着の時(上)と、衣装合わせしている時(下)とがある。

受付け: 本番前の受付準備はかなり忙しい。

花屋が花を持ってくる、ホール側がなんやかやと言ってくる、
誰がどの花束や差し入れを持ってきたのか混乱でわからなくならないように、シールとペンを用意する etc.

右画像は手分けしてプログラムをセットしているところ。

ゲネプロ事件簿1: ゲネプロでやたらと細かく注文をつけるへぼ指揮者がいた。
アタマにきたコントラバスの首席が叫んだ。
「あんまりごちゃごちゃ注文つけるんだったら、お前の振るとおりに演奏するぞ」
へぼ指揮者は黙った。
ゲネプロ事件簿2: ろくに棒を振れもしないへぼアマチュア指揮者が牛耳っているある大学オケのできごと。
何度練習しても、決まったある場所で曲が止まってしまう。
指揮者がちゃんと棒を振れていないのである。

さて、定期演奏会の本番。
弦のトレーナーで来ていた某プロオケのヴァイオリン奏者が第二ヴァイオリンのトップに座った。
そして彼が全曲を通じで、全身を使って身振り手振りでオケを引っ張ったのだ。

ゲネプロ事件簿3: 来日した作曲家のペンデレツキご本人が指揮するプログラム。
とにかく、その日の出し物は全曲ペンデレツキだった。
コンサートは無事終了。
ステージに出ていたヴィオラ奏者に「あんな曲、どうやって音を合わせるんですか」と聞いたら、
「さあね、僕はずっと適当に音階弾いてたからな」と答えた。
ゲネプロ事件簿4: チャイコフスキーのピアノ協奏曲。
突然、鳴らないはずのシンバルが鳴った。
「なんでやー?」の罵声に、何故かホルン奏者の「すいません・・・」。
買ったばかりのベルカットのホルンいじって遊んでいるうちに、ベルがはずれて床に落としたらしい。

ベルカット・ホルン・・・・ベル部分を回転させるとはずせるホルン。楽器ケースが不恰好で足に当たって歩きにくい、というホルン奏者の積年の悩みを解決した。

ソン・エ・ルミエール: 今から30年くらい前、実に阿呆なアルバイトに付き合ったことがある。
某老舗百貨店の天皇と呼ばれる経営者も思いつきで、南軽井沢にある池の真ん中の島に
オーケストラを置いて演奏させ、その上で花火を打ち上げよう、という企画が進行していた。
曰く、音と光の祭典・・・ソン・エ・ルミエール。

花火の煙は硫黄酸化物の嵐である。
一方、楽器は銀が多量に使われていてたちまちやられてしまう・・・なんていう話は当の百貨店関係者は知る由もない。
なんたって、天皇のいいつけだから絶対に逆らえない。

楽器はすべてサランラップでぐるぐる巻きにすることになった。
演奏は全部録音テープを使い、我々は演奏するフリをする。どうせ本番は夜だし対岸からは見えっこない。
となると楽器編成なんてどうでもいいわけで、チャイコフスキーの交響曲をやるというのに、
ヴァイオリンたった4本、コントラバスに至っては1本、ティンパニは1台なんていうワケノワカラナイ楽器編成のオーケストラになった。

この馬鹿馬鹿しいたくらみは2年続き、3年目についに観客にバレた。
調子に乗った主催者が、池の島の両側にオケを2つ、指揮者を2人置いてしまったからだ。

調律: 会場の準備がはじまり、アーティストが楽屋入りする頃、すでにホールからは調律の音がきこえてくる。

ピアノ・コンサートやピアノ伴奏による歌曲コンサートなど
ピアノを使うコンサートでは、ゲネプロの前に調律を済ませておかなければならない。
前日が素人のピアノ発表会だったりすると、
音程も音のバランスもガタガタに狂っているので、絶対に手を抜いてはいけない。

調律師は、ホールが手配する場合、主催者が手配する場合、アーティストが指定する場合などいろいろである。
スケジュールの都合でどうしても前日の調律になったりするとピアニストはすごく嫌な顔をする。

楽屋番: あいかわらず、楽屋ドロが多い。
だから、楽屋は必ずこまめに施錠するか楽屋番を置く。

ポップス系の人気アーティストの場合は厳重な警備と徹底したID管理をするが、
クラシックでは全くといっていいくらい出入り自由である。
カラヤンやクライバーは別格だったが、残念ながらそういうアーティストはほとんどいなくなった。

特に危ないのが、アマチュアの発表会やおばさんコーラス。
こういうのを専門に狙う楽屋ドロがいる。
たった3分楽屋を空けただけで、全員のバッグがやられたという話を聞くのでくれぐれもご注意あれ。

楽屋訪問1: とはいうものの、来日アーティストは基本的にファンの楽屋訪問を歓迎する。
ジャズ・プレーヤーなどは、興行主側から「勝手にホテルから出るな、無闇に出歩くな」と釘を刺されている。
せっかく日本に来たというのに「つまんない」と思っている。

アーティストが堂々と外出できる名目というのがある。
「友人に会う」というやつだ。
だから、にわかお友達になってしまえばいい。

宿泊ホテルがわかったら、本人にじかに電話する。
準備するのは、晩飯代、眺めのいい食事スポット、そしてクルマ。
「僕はあなたのファンだ。レコードはこれとこれとこれを持っている。
是非、日本のおいしいものを食べてほしい。ほかの仲間も連れてきていいよ(この一言を添えるのがポイント)。」

彼は言うだろう、「日本にいる俺の友人に会いにいくんだ。ついてこないか」と。
誰でも仲間の前でいい格好したいというわけ。

楽屋訪問2: というわけで、クラシックのアーティストも事情は同じ。
訪問先の国々に友人をつくる、というのは彼らにとっても重要なのである。
だから、心を込めたおみやげを持って楽屋を訪ねたらいい。

メラニーは、本番が終わって楽屋に戻るとわざわざ着替えて笑顔で来客を迎え入れる。
プロとしてすごい人である。
メラニーに手を握られているのはうちのムスメ。

楽屋訪問3: では、一体何を持って楽屋を襲ったら、もとい、訪問したらいいか。
相手が酒好きだったら、やっぱり酒でしょうか。
しかし、帰国日が近かったらかさばるお土産は禁物。

画像は某チェリストに贈った洛紙舎(清水焼)の箸置。
チェロではなく琵琶ですが、ま、同じ弦楽器ゆうことで。

ディジー・ガレスピー: クラシックのネタじゃないが、もうひとつ。

ある時、来日中のディジー・ガレスピーが京王プラザホテルに泊まっているという情報を得た。
早速、ホテルの部屋を直撃した。
ちょっとびっくりした様子だったが、「入れ、入れ」と手招きして部屋に入れてくれた。
お土産を渡し、勧められた酒など飲みながら暫し歓談。
どうやらお楽しみ中だったらしく、長居は無粋と判断して早々に失礼した。

何故って、ベッドの毛布が人1人分盛り上がっていたから。
嫌な顔ひとつせず、にこやかに我々を迎え入れてくれたガレスピーはやっぱり大物だった。

オケマンは逃げ足が速い: コンサートが終わった上野の東京文化会館。
お客より早く外に飛び出してくるのはヴァイオリンとヴィオラ奏者(走者?)達。
とにかく、弦楽器の連中の逃げ足は速い。
B1にある楽屋口から飛び出したかと思ったら、そのまま上野駅改札口へ直行。

置いてきぼりはファゴット: 「ヴァイオリンはいいよなあ、布切れでキュッキュッと拭くだけだもんな」とこぼしながら、
ぽつんと楽屋に残って楽器の手入れをしているのはファゴット奏者。
ファゴットという楽器はとにかく手がかかる。
ばらばらに分解すると薪の束のようになる。
だからFagott(=束の意味)と呼ばれる。
薪の1本1本の中をきれいに拭いておかないと、後々とっても臭いことになるし腐食も速い。

リードの構造が複雑で、1個作るのに1晩かかる。
だから、練習している時間よりも、リードを作っている時間の方がはるかに長いのである。
だいいち、練習したら大切なリードが消耗するので結局リード作りの時間に跳ね返ってしまう。
それに比べると、同じ2枚リードでもオーボエの方がはるかに簡単だし、
クラリネットやサックスに至っては使い放題だ。
そういうわけで、ファゴット奏者はいつもリード不足に悩まされている。
へたをすると、いいリードをリハーサルで消耗させてしまって、肝心の本番で使えるリードがない、なんて悲劇も起こる。

エキストラ: 助っ人(エキストラ)のことを「トラ」と呼ぶ。
プロ、アマを問わずコンサートにエキストラはつきものである。

大学オケなんかだと、ブラバン出身の管楽器奏者にはこと欠かないが、弦楽器奏者が不足する。
そこで他大学オケの弦楽器奏者に応援を依頼することになる。
ヴァイオリンでいうと、前の方は自オケの比較的上手いメンバーで固め、その後ろにへたくそが続く。
その後ろがトラになるわけだが、へたくそなトラは来ないので弾き方を見れば境目がすぐにわかるのが面白い。
いちばん後ろでガシガシ弾いてオケを引っ張っているのがいたら、他大学のコンマスがトラで来ているのだ。

地方のプロオケの中には経済的事情もあって慢性的団員不足のところが多く、
モーツァルトは自力でできても、マーラーなどの大編成の曲になるとトラが必要になる。

海外オケの来日でもトラが混じっていることが多い。
自国での公演とダブっていたりすることが多いからだ。
へたをすると半分以上がトラだったりするが、そういう内容であっても来日公演のライブレコーディングがあったりする。
正団員がほとんどいないトラで固めた来日ライブレコーディングって、どうなんでしょうね。
好きなオケだったらメンバーの名前と顔をくらい覚えておくといいし、本国の公演スケジュールをチェックすればネタがバレる。

ライブレコーディング: 何故、ライブレコーディングなのか、それは制作費がないからである。

ごく一部の例外を除くと、クラシックのCDは有名指揮者、有名オケを使っても日本全国で1000枚とか2000枚。
2500円の売価で総売上250〜500万円。
制作原価なんか出ません。
オケにギャラなんか払えません。
ホール代も出ません。
というわけで、哀しいかなクラシック録音はチケット代がはいるライブを流用するしかない。

来日アーティストで、2日以上連続して、同じ会場、同じプログラムが組まれていたらそれはレコーディング兼ねてます。
こういケースでは、みなさんマイクロフォン意識してますから初日の演奏は面白くないです。
事務局「今日の演奏でOKでましたので明日はマイクはいりません」
団員「やったー、ざわざわざわ」
3日目のを聞きに行って機材がはいってなかったら、2日までのテイクでOKが出たということです。

ステマネ: ステマネとは、ステージ・マネージャの略である。
楽屋の運営、受付の手配、舞台上での指示、演奏者への気遣い、タイムキーパー、照明の指示その他もろもろ、
演奏会全体を取り仕切る責任者である。
イベントの運営能力からアーティストの体調や楽器や奏者の位置による音響判断まで
良い耳と幅広い音楽的知識や見識が要求される。

残念ながら、日本のホールで専属のステマネを置いているところは数えるほどしかない。
別のページにも書いたように、日本のホールは貸し会議室を対して変わらないからである。
芸術を支える文化的・歴史的基盤は悲しいほどに脆弱である。

インペク: インペクとは、インスペクターの略である。
英和辞書で"Inspector"を引くと、調査官、監督官、選挙管理人などという意味が見つかるが、
音楽の世界でいうインペクとは、ひらたくいえば諸事雑用係である。

オーケストラはかならずインペクを置いている。
専属のインペクを置くことができることはまれで、大概は団員の中から選ばれる。
何故なら、どこのオーケストラも貧乏だから。

インペクの仕事はとにかくいろいろである。
まず、年間計画の策定にはじまって、定期演奏会の曲決め、客演指揮者の調達、練習会場の確保、
エキストラの調達、団員のスケジュールの調整、団員間のいざこざの仲裁など。

ライブラリアン: 楽譜の世界は複雑である。
1つの曲を演奏するのに、1つの楽譜があるとは限らない。
現実の世界では、同じ曲に複数の楽譜の版が存在するのがあたりまえ。
どの版を使っても大した違いがない場合もあれば、
マーラーやブルックナーのように版が違えば重大な音楽解釈に影響する場合もある。
演奏者には、楽譜の版や著作権に詳しい人とそういうことには全く頓着しない人がいるから厄介である。

版の知識だけでなく楽譜の調達もしなければならない。
楽譜は買ってくれば済むというものでもなくて、曲によっては著作権が厳格に管理されていて、
演奏するたびに管理組織を通じて借りてこなければならないものもある。こういうのを「貸し譜」という。
また、演奏する団体の楽器編成の都合で異なる楽器編成に書き換えなければならないこともある。
その代表は、小編成によるヨハン・シュトラウスのワルツやポルカ。
ライブラリアンは、こういった楽譜に関する問題を解決するのが仕事である。
優秀なライブラリアンは、編曲・オーケストレーションから写譜の技術まで持っている。

スコア: コンサートに行ったら、今日のオケや指揮者がどんな楽譜を使っているのか見てみよう。
音楽やっている人なら、譜面台に置かれた楽譜の表紙を見れば
「あ、ブライトコップだ」とか「画用紙みたいな紙の東独ペータースじゃん」みたいな会話になるわけ。
スコアは指揮者用の大きいサイズであるとは限らない。
ベーレンライターあたりのごく普通のミニチュア・スコアが使われていることもある。
だからどうだっていうわけでもないんですけどね。
指揮者がたまにしかページをめくらなかったら、オケのスコアではなくてピアノ譜で振っている可能性もある。

ついでながら、テレビの収録なんかがはいっていたら、
カメラの人も手元にミニチュア・スコアを持って仕事をしているから興味を持ってのぞいてみたらいいかも。


楽屋の構造:

某月某日、
某ホールで行われたバレエ公演。

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