調整箇所を持っている真空管アンプの場合、球の特性の経年変化や球の交換時での再調整の必要が生じても、あそのアンプが常に製作者の手の届くところで使用するのであれば問題はありません。しかし、遠隔地で使用する家族や友人などにプレゼントした場合は、すくなくとも2〜3年に一度くらいのペースでアンプの状態をチェックし、必要に応じて再調整をしなければなりません。そのような調整作業ができない条件の人にもこのアンプを使って音楽を楽しんでもらえるように、メンテナンスフリー化の工夫をしてみました。但し、この変更により失うものもあるのだということは、回路を見ていただければわかるでしょう。
<経年変化はどう生じるか>
何故調整が必要なのか
シングルアンプの場合は少々の個体差があっても深刻な問題にならないことが多いのですが、プッシュプルアンプでは出力段のプレート電流のバランスが少しでも崩れるとたちまち低域特性が劣化するという問題があります。そのため、プッシュプルアンプでは、出力段のプレート電流値が2管でできるだけ同じ値になるように(プッシュプルのDCバランスという)バイアスの調整が必須となります。差動PPミニワッターの半固定抵抗器はそのためについています。
初段差動回路は経年変化は生じない
初段は半導体(JFET)なので真空管のような消耗劣化は生じません。そのため、何年も使用し続けても差動バランスは初期の状態を保ちます。差動PPミニワッターが初段と出力段を直結にできたのは、初段に真空管を使用しないで半導体化したからです。初段JFETの共通ソース側に半固定抵抗器を入れた理由は2つあります。ひとつめは、完成直後の回路全体の部品のばらつきを解消するためですが、これは一回調整を行ってしまえば役目は終了します。ふたつめは、出力段管の経年変化や球の交換に対応するためです。
出力管は経年変化が生じる
真空管は消耗品です。ヒーター線は熱で徐々に細くなってゆくため球の特性に影響を与えます。カソードやグリッド、プレートなどの電極は熱によって疲労してくるので電子の放出のしやすさなどが変化します。電極やガラス管は熱によって不純物を放出するため、球の真空度に変化が生じます。こうしたさまざまな理由により、真空管は使用するにつれて少しずつですが特性が変化し、プッシュプルのDCバランスが変化します。できれば1年に1回、間が空いたとしても2〜3年に1回くらいのペースでチェックして調整する必要があります。
本章では、そうした経年変化が生じてもプッシュプルのDCバランスがあまり変化しない回路を考えようとしています。
出力管の劣化と交換
真空管は消耗品ですからいつか寿命がきます。寿命は一定ではなく、一万時間以上にわたってひかくてき安定した動作をするものもあれば、不幸にも数百時間程度で特性が大きく変わって使えなくなるものもあります。このばらつきはブランドや価格とは無関係に生じますから、特定のブランドの球を購入すればいいというものではありません。長く使っているといつか必ず球を交換する時がやってきます。真空管の特性には数%から十数%程度の個体差があります。球を交換した場合は、プッシュプルのDCバランスがとれなくなっているので必ず調整しなければなりません。
本章では、球の交換を行ってもプッシュプルのDCバランスをしなくても良い回路を考えようとしています。。
<メンテナンスフリー化した回路・・・6N6P差動PPミニワッター>
プッシュプルのDCバランスを無調整化する方法はいくつもあります。
独立定電流方式(http://www.op316.com/tubes/myamp/data1.htm)・・・この方式は完全なメンテナンスフリー化が実現できますが、差動PPアンプらしい音がしなくなってしまうという重大な欠点があります。
DCサーボ方式・・・DCサーボ回路によってプッシュプルのDCバランスを検出し、各管のバイアスを制御することでDCアンバランスを解消しようというものです。この方法も完全なメンテナンスフリー化が実現できます。しかし、基板に実装したDCサーボ回路を追加して組み込む必要があり、アンプの回路全体にもある程度手を加えなければなりません。DCサーボ回路を動作させるための電源も追加する必要があります。というわけでかなり大掛かりになるためどなたにもおすすめできるものではありません。
簡易CR分割方式・・・というわけで、完全ではないけれどもある程度のアンバランスを許容することで、差動PPミニワッターの基本回路には手を触れることなく、抵抗器とコンデンサを使った簡単に組み込める回路としました。但し、カソード側の信号経路にコンデンサが2個直列に割り込みますから超低域特性は劣化します。
回路(A)・・・6N6P差動PPミニワッターの出力段のカソード回路部分です。3.3Ωがプレート電流バランス検出抵抗で、560Ω/3Wは定電流回路の代わりの共通カソード抵抗です。
回路(B)・・・回路(A)をメンテナンスフリー化した回路です。「560Ω+1.65Ω(=3.3Ω//3.3Ω)」を「510Ω+50Ω(=100Ω//100Ω)」に置き換えています。100Ωによって出力段の2管に対してDC領域で帰還をかけ、プレート電流バランスが崩れにくくなっています。一度調整してしまえば、2〜3年後のチェックや調整は不要になります。但し、球を交換した場合は再調整した方がいいでしょう。
回路(C)・・・回路(B)のメンテナンスフリー性をさらに強化した回路です「560Ω+1.65Ω(=3.3Ω//3.3Ω)」を「470Ω+90Ω(=180Ω//180Ω)」に置き換えています。180Ωほども入れておくと、出力段の2管のバイアス特性にばらつきがあってもかなり解消されて、無調整の状態でもプレート電流のアンバランスは1mA以内に抑えることができます。そのため、球の交換を行ってもプッシュプルのDCバランスの調整は省略できます。より徹底したいのであれば「430Ω+135Ω(=270Ω//270Ω)」とする選択肢もあります。
<メンテナンスフリー化した回路・・・6DJ8差動PPミニワッター>
上記の6N6P差動PPミニワッターの例にならって6DJ8版を考えるとこのようになります。
<調整法>
調整アリの長期安定化・・・回路(B)
考え方・・・・出力管のバイアス特性のばらつきを解消するために、初段差動回路の両ドレイン電圧を出力管の都合に合わせで調整&変更します。出力管に合わせて初段差動回路のバランスを意図的に崩すわけです。
通常通りの調整法です。アンプの電源を入れてから30分程度放置してアンプ全体を温度的になじませ安定させます。出力管の両カソード間にテスターを当てて、電位差が0.1V以下になるように初段の半固定抵抗を調整します。容易に0.01V以下に落ち着かせることができるはずです。調整抵抗に100Ωを入れた場合、プレート電流のアンバランスは、0.1Vの電位差で1mA、0.01Vの場合は0.1mAとなります。
この方法で調整を行った場合は、精密にDCバランスを取ることができ、しかも経年変化の影響は受けにくくなりますから、一度調整してしまえば当分の間調整の必要はなくなります。しかし、球を交換した時は調整のやり直しになります。
完全無調整化の割り切り・・・回路(C)
考え方・・・・出力管にどんなものが来ても無調整で差し替え可能にする代わりに相当の割り切りをします。初段差動回路の両ドレイン電圧を精密に同じにしておきます。出力管のバイアス特性のばらつきのためにプレート電流のバランスは崩れますが、回路がある程度修正してくれるのでそこのところは目をぶつるわけです。そのために2分割したカソード抵抗の値が回路(B)より大きくしてあります。
上記とは電位差を測定する場所が変わります。アンプの電源を入れてから5分程度放置すれば作業を開始できます。初段の両ドレイン間にテスターを当てて、電位差が0.01V以下になるように初段の半固定抵抗を調整します。できれば0.005V以下まで追い込んでください。これで調整は完了です。
確認のために出力管の両カソード間にテスターを当てて電位差がどれくらいになっているか確認します。おそらく0.1Vを超えることはないと思います。