■■■巻頭言■■■
Preface
<ミニワッターがほしい>
メインシステムのように大げさではなくて、作業をするデスクの上とか、寝室とか、居間で本など読みながらとか、静かに音楽が鳴らせる小さなシステムが欲しいと思っていました。いろいろと実験をしてわかったことは、そのような目的であれば1W未満のパワーでも十分な音量が得られるということです。本機は我が家のダイニングルームで、テレビ音声やCD再生用のメインシステムとしてRogers LS3/5Aを鳴らしていますが、BGMや日常生活でテレビを楽しむレベルであれば音量的にも不足は感じませんでした。1W未満というミニパワーもあなどれないものだと思います。(音量感覚は家庭ごとの差、個人差がありますので必ずしも皆さんの要求に適合するかどうかはわかりません・・・念のため)この製作記事の詳細は2010年12月に脱稿しましたが、非常に多くのグラフや図版があるために、出版までにはさらに10ヶ月を要し、2011年10月にようやく出版のはこびとなりました。
<コンセプト>
・コンパクトかつ消費電力が僅少の真空管アンプであること。
・ミニパワーであっても広帯域でスケール感のある鳴りっぷりであること。
・限りなくシンプルな回路、少ない部品点数であること。
・廉価かつ入手容易な部品で製作できること。
・誰が作っても無調整で安定動作し、再現性があること。
・真空管やトランスの選択肢が広く、遊びしろがあること。
<アンプ作りの初心者に手頃なアンプ>
初心者がはじめて作るのに適していること。アンプ作りの初心者だからといって耳が悪いわけではないですね。ろくに音楽の勉強などしないでアンプばかり作ってきたアンプ与太殿(失礼!)よりもずっと耳が肥えているかもしれません。初心者向けだから機能が劣るとか音がいまひとつでいいというのはちょっと違うと思います。そんなに贅沢はできませんでしたが、私程度の者が自宅のデスクで使うのに不満がないくらいの音は出せたと思います(我が家では常用アンプとして2台が稼動しています)。こんな簡単な回路ですが、良い音がする実用的なアンプに仕上げるための知恵はたくさん仕込んであります。「情熱の真空管アンプ」でご紹介した全段差動PPアンプはそういうことを目指しましたが、プッシュプルであることやそこそこ高価なトランス類を使うことからどうしても敷居が高い感じがします。それにいくら減らしたといっても部品点数が多いです。というわけで、シングル構成からスタートです。上記コンセプトを守りつつ可能な限り部品点数を減らしました。回路の大半は1枚のラグ板に載っていますので、あとはそれを取り付けて電源や入出力をつなぐだけで完成します。調整か所はありません。
<ミニワッター汎用シャーシ>
唯一の贅沢は塗装された穴あきシャーシを作ったこと。これは私自身が使いたかったから、というのが本音です。廉価な小型トランスの多くはコアや端子がむきだしであるため、見栄えがしないのと感電の危険があってそのままシャーシに取り付けることができません。どうしてもトランスカバーなるものが必要になりますが、手頃な既成シャーシはありません。そこで自分のために作rことにしました。どうせ作るなら数を作って欲しい人に分けてしまおう、ということになったわけです。アルミ製なので加工が楽ですから、いろんな機能を追加して遊ぶにはちょうどいいと思います。私もはじめて作ったラジオやアンプはとにかく改造をしまくって遊んだものですが、そういうことが自作のためのいい勉強になったという実感があります。塗装が剥げて傷だらけになるまで遊んでください。このシャーシは募集方式ではなく、在庫を持ちますのでいつでも気が向いたらメールください。すぐにお送りできます。
<限りなく簡単で無駄のない回路と少ない部品>
回路は性能や安定度を損なわないように配慮しつつ、可能な限りシンプルなものにしました。その理由は、はじめて自作アンプにチャレンジされる方でも確実に製作できるためです。自作アンプのトラブルの90%以上がハンダ不良や配線ミスですので、回路が簡単であるほど成功率が高くなります。但し、シンプルな方が音が良い、部品点数は少ない方が音が良いなどとは全く思っていません。そういうもっともらしいひとつ方向で良い結果が得られるほどオーディオアンプは簡単なものではありません。無条件に無駄な部品なんてありませんから、部品を1個減らすためにはそれなりの知恵や設計上の工夫が必要です。設計でオーディオアンプを甘くみてはいけません。電源部からアンプ部まで、主要回路は1枚の20P平ラグに載ってしまうくらい部品点数が少ないです。平ラグに部品を実装・配線し、シャーシに部品を取り付けたら、それらをつなげば音が出ます。但し、実際の工作では、ボリュームシャフトを切断したり、アースの接触のためにシャーシの一部サンドペーパーで磨いて塗装をはがすとか、細かい作業は結構たくさんあります。簡単とはいえアンプ作りはそれなりに知恵や工夫や注意力が必要です。製作でオーディオアンプを甘くみてはいけません。
<特殊な部品、高価な部品は使わない>
真空管・・・実験に使用した真空管は、過去に廉価に買い求めたもの、ジャンクや中古球、オークションで最も安い価格設定だったものだけを使用しています。特定のブランドでなければ駄目だとか、厳密にペア取りしたものの方が音が良いとか、そういうことはありません。真空管ショップや通販で入手しやすい価格のもので十分です。出力トランス・・・10種類程度の出力トランスの比較を行いましたが、本サイトにおける基本データはすべて東栄変成器のT-1200(1500円以下)を使用した時のものです。このクラスの出力トランスで所定の性能と音が得られます。もちろん、よりコアボリュームのある出力トランスや、巻き方に工夫をこらして高域特性を良くした出力トランスを使えばよりよい結果は得られると思いますが、私が自宅で常用しているミニワッターはT-1200または同等のもので十分に実用になっており満足しています。T-1200はより高価で大型のものよりも1次インダクタンスが大きく、高域側は減衰が早いですが位相特性はきわめて安定しているので、価格や見かけによらず優れた出力トランスだといえます。
<超低雑音>
ミニワッターの残留雑音は一部の例外(6FQ7)を除いて300μV以下、すなわちμVレベルです。以下のデータは、本の執筆にあたって製作した2台の試作機による実測データです。できるだけメーカーの異なる4〜6本を無作為に選び、左右両チャネルで実測した結果の上限値と下限値です。ヒーターはすべて交流点火です。
簡単にみえる回路ですが、可能な限り静粛なアンプとなるようにいろいろな工夫をしています。スピーカーに耳をつけてもほとんどなにも聞こえない、と言ってしまっても大げさではないと思います。
- 5687・・・120〜150μV
- 6N6P・・・140〜270μV
- 6350・・・120〜150μV
- 7119・・・180〜240μV
- 6DJ8・・・90〜145μV
- 6FQ7・・・450〜540μV
- 12AU7・・・100〜150μV
- 12BH7A・・・120〜220μV
<低域のパワーバンド幅>
音楽ソースに収録されている全帯域のレスポンスを考えると、最近のソースは100Hz以下がかなり高いレベルの音が存在することを考えなければなりません。1kHzで5W出ても100Hzで2Wしか出なかったらそのアンプは2Wの実力しかないといえます。周波数特性をいくら良くしてもパワーが出なければ駄目、ということです。下の画像は一曲通してのピークを取ったものです。左は坂本龍一とモレレンバウムによるボサノバですが55Hz〜120Hzにかけてしっかりと音がはいっています。右は津田京佳の"Touch Me"で、耳で聞くとボーカル中心に聞こえて低域は控えめなのですが、実に21Hz〜100Hzがすごいことになっており曲全体の最大ピークは50Hzにあります。すべての音楽ソースがこのような状態であるわけではありませんが、打ち込み系だけでなくアコースティックな録音でも低域側の帯域レスポンスは上昇傾向にあります。
真空管アンプは出力トランスの制約もあって400Hz以下での歪みが増加し、最大出力もかなり低下するという弱点があります。ミニワッターではこの点に着目して、シングルアンプという不利な条件かつ小型の出力トランスを使いながらも100Hz以下の帯域でも可能な限りパワーが下がらないような設計・チューニングを行いました。1Wに満たない小出力でありながら結構まともな音量でスケール感のある音が聞けるのはこのあたりに秘密があります。
下図は、6FQ7を使ったミニワッター実験機のデータです。12kΩの超小型トランス(T-600)を使った場合、7kΩの小型トランス(T-1200)を使った場合、その7kΩの小型トランスを14kΩとして使った場合の比較です。1kHzで最もパワーが大きくなるのは14kΩのパターンですが、100Hz以下がもっともだらしがないのも14kΩのパターンです。100Hzから下がゆるやかに減衰していますが、このゆるやかな減衰が曲者で周波数特性上はよさげですがなんと音になっていません。この差は耳で聞くと歴然です。そのため、ミニワッターの推奨回路定数は、内部抵抗が高い12AU7や6FQ7でも7kΩ負荷を推奨しています。これは従来の真空管アンプのロードライン設計セオリーに反します。私は今回の実験の結果をみて考えを改めました。
左から、12kΩ(T-600)、14kΩ接続(T-1200)、7kΩ(T-1200)。