全段差動プッシュプルアンプの構成は、2段差動プッシュプルか3段差動プッシュプルになるのが普通だと思います。どんな真空管アンプでもそうだと思いますが、できれば各段をつないでいる結合コンデンサをなくしてみたい、と考えるのが人情でしょう。回路の直結化は高い技術力が必要で、同時に電源回路の複雑化を招きます。本章では、全段差動プッシュプルアンプにおける回路の直結化について、その可能性と克服しなければならない諸問題について考えてみたいと思います。
■2段直結シングル回路
<カソード抵抗>
右図は、12AX7(1/2)と6AH4GTによる2段直結シングルアンプの例です。出力管のバイアスが-23Vですから、出力管をフルドライブするためには、ドライバ段からは±23V以上の振幅が得られなければなりません。12AX7のおおよその利得は65〜70倍くらいですから、出力管を最大出力で振った時の12AX7のグリッド入力は±0.33〜0.35Vになります。ところで、12AX7にグリッドが初速度電流の影響受けないためには、一般論として、バイアスは-0.7Vよりも深くなければなりません。従って、与えられるべきバイアスは-1Vまたはそれよりも深くなければならないという計算になります。
そうやって求めた12AX7の動作条件が、Ip=0.5mA、Ep=118V、バイアス=約-1Vです。ドライバ段プレートと出力段グリッドとは直結ですから、出力管のグリッド電位は118V、同じくカソード電位は141Vになります。カソード抵抗に4.7kΩを入れれば、出力管のプレート電流は30mAに落ち着きます。
この回路において、12AX7のプレート電位が正確に118Vになるかどうかは保証の限りではありません。球の特性のばらつきを考慮に入れると、105V〜135Vくらいの間のどこかになると思われます。従って、単純計算で出力段のカソード電位は128V〜158Vですから、プレート電流は27mA〜34mAくらいでばらつく計算になります。まあまあというところです。
回路図中には、12AX7のプレート電圧が±1Vの範囲で変動した時の、出力段各部の電圧・電流値を書き入れています。12AX7を固定バイアスにしており、バイアス値を可変にできますから、出力段のプレート電流を正確に30mAまで追い込むことは可能です。そして、12AX7が経年変化で劣化して、プレート電圧が118Vから113Vに低下したとしても、その時の出力管のプレート電流の変化は30mAから28.9mAになるだけでその変化はわずかです。初段プレート電圧変動1Vあたりの、出力段プレート電流の変化は、
出力段プレート電流変動 = 初段プレート電圧変動 ÷ 4.7kΩ = 0.21mA/V・・・(1)です。このような直結回路では、前段の動作ポイントが少々変動したとしても、後段のプレート電流が極端に変動する心配はありません。
<カソード側定電圧化>
今度は、同じ構成の2段直結シングルアンプ、同じ電圧配分ですが、1点だけ回路を変更しています(右図)。それは、出力段のカソード側が「抵抗」ではなく、「定電圧化」されているという点です。そのため、前段の動作条件の如何にかかわらず、また出力段のプレート電流の多少にかかわらず出力段のカソード電位は141V一定になります。このような回路では、出力段は実質的な固定バイアスになってしまいますから、初段プレート電圧が1V変動しただけで、出力管のバイアスも1V変動するようになってしまいます。この回路における初段プレート電圧変動1Vあたりの、出力段プレート電流の変化は、
出力段プレート電流変動 = 初段プレート電圧変動 × 出力管のgm(=4.5) = 4.5mA/V・・・(2)です。(1)の場合が、初段プレート電圧1Vあたりの変動に対して出力段プレート電流の変動率はわずか0.21mA/Vであったのに対して、(2)の場合では、4.5mA/Vにもなります。4.5mA/Vということは、1Vの変動で4.5mAも動いてしまうわけで、これでは安定した動作は期待できません。初段プレート電圧は、AC100Vの変動によってB電圧が変動したり、ヒーター電圧がわずかに変動したことによって球の特性が変化したり、電極が熱によって膨張したりといったさまざまな理由により、数V程度は簡単に変動してしまうのです。せっかくの定電圧回路が却ってあだになってしまいました。毎回、アンプにテスターを突っ込んで調整するような使い方ならいざしらず、長期安定稼動、安全稼動を考えるとこの方式はかなり問題です。
<カソード側定電流化>
3番目は、出力段のカソード側に「定電流回路」が組み込まれている回路です(右図)。定電流回路のおかげで、前段の動作条件の如何にかかわらず、出力段のカソード電流(=プレート電流)は30mA一定で、全く変動しなくなります。
出力段プレート電流変動 = 0mA/V・・・(2)このような回路では、出力段の動作は、プレート〜カソード間電圧(約250V)とプレート電流(30mA)の2つの条件を満たすようなバイアスに、自動的に決定されます。ただし、定電流回路は交流信号を通さない性質があるため、並列にはいっているバイパス・コンデンサ(220μF/250V)がないと、信号ループが途切れてしまって増幅作用が働きません。
さて、これまでご紹介してきた3つのタイプの2段直結シングル回路に共通した問題点を挙げるとすれば、出力段のカソード電位が嵩上げされたことによる電源電圧の上昇と、出力段のカソード抵抗から大量の熱が放出される(141V×30mA=4.23W!!!も)ことでしょうか。
もうひとつ、問題がありました。それは、電源ON直後、まだ球がヒートアップしない間、ドライバ段のB電源の高圧が300kΩを介して出力管グリッドにじかに印加されてしまうという問題です。前段がヒートアップに時間がかかる傍熱管で、後段がヒートアップに時間がからない直熱管であるような構成では、この問題が顕著になります。
■2段直結プッシュプル回路
<独立カソード抵抗>
右図は、冒頭でご紹介した12AX7(1/2)と6AH4GTによる2段直結シングルアンプをベースにして、初段を差動化して位相反転を行ったプッシュプルアンプです(ただし、出力段は差動ではありません)。回路全体がプッシュプル構成になったことを除けば、電圧配分もほとんど同じで、出力段のそれぞれのカソード側には、独立した4.7kΩのカソード抵抗がはいっており、それぞれ、220μF/250Vのコンデンサでバイパスされています。
この回路でも、12AX7の2つのプレート電位がともにぴったり119Vで安定するという保証はありません。しかし、前章<カソード抵抗>のところで述べたように、そもそもこの直結方式では、前段のプレート電位が少々変動しても、出力段のプレート電流へのインパクトはかなり低くなっています・・・0.21mA/V。しかも、2つの出力管ごとにカソード抵抗が独立していますから、差動段の2管の特性ばらつきやさまざまな理由によるプレート電位の変動に対して、出力段のプレート電流値はその影響をあまり受けないようになっています。
出力段の差動にこだわらなければ、この回路構成で十分に楽しめる安定度の高いアンプになります。
<共通カソード抵抗>
上の回路の出力段部分を抜き出して、カソード抵抗(4.7kΩ×2)を共通にして一本化した(2.4kΩ×1)のが下図の回路です。
左側の回路図: 今、2つのグリッド電位はともに119Vで、共通カソード電圧は142V、それぞれの出力管のバイアスは-23Vで同じになってるとします。2本の出力管のプレート電流は共に29.6mAで、その合計は59.2mAです。
右側の回路図: もし、なんらかの理由で前段のプレート電圧の片方だけが1V低下して118Vになったならばどうなるでしょうか。
低下した側の出力管のバイアスは1Vだけ深くなって-24Vになろうとしますが、実際にはそうはならずに、深くなった1Vを2本の出力管で分け合うようなポイントでバランスします。その時の共通カソード電圧は約141.5Vになり、その結果、一方の出力管のバイアスは約-23.5V、もう一方の出力管のバイアスは約-22.5Vになるのです。また、プレート電流の合計値は59.0mAになります。
プレート電流は、一方が約2.25mA減、もう一方が約2.25mA増になるため、それぞれ27.25mAと31.75mAになります。その差4.5mAです。直結された前段の2つのプレート電位の差が出力管のプレート電流のアンバランスに与えるインパクトは、
出力管のプレート電流のアンバランス = 前段の2つのプレート電位の差 × 出力管のgm(=4.5) = 4.5mA/Vで表すことができます。6AH4GTのgmは4.5くらいですから、前段のプレート電圧1Vの変動・アンバランスが出力段のプレート電流4.5mAの差になって返ってきます。
<独立定電流回路>
出力段のそれぞれのカソード側に定電流回路を入れた場合は、直結になっている前段のプレート電圧が片側だけ119Vから118Vに変動しても、出力段のDCバランスは全く崩れません。相変わらず、それぞれのプレート電流は30mAです。この回路では、前述の<独立カソード抵抗>よりもはるかに高い安定度が得られます。(右図上側)
出力段プレート電流変動 = 0mA/Vただし、定電流回路は信号を全くといっていいほど流しません(交流インピーダンスが極端に高い)から、カソード〜アース間のコンデンサは必須です。これがないと音になりません。この回路方式のまま、出力段差動回路に仕立て上げたのが右図下側の回路です。2つのカソードをコンデンサで結合することで差動回路としての信号ループを作ってやります。原理的にはこれだけでよいのですが、コンデンサに印加される電圧を安定させるために、中点を高抵抗でアースしています。
この回路では、交流(AC)的には差動ですが、直流(DC)的には差動ではありません。少々、徹底を欠いた回路ですが、これでも差動回路として立派に機能します。もちろん、前段のプレート電圧が変動しても、電圧バランスが崩れても、出力段の動作に及ぼす影響はわずかで、出力管のばらつきに至ってはほとんど完璧な安定性が得られます。
<共通定電流回路>
全段差動アンプを素直に直結にすると、右図上側になるでしょう。AC/DCともに差動として働くようになっており、差動直結回路は本来こうありたいわけですが、しかし、前段プレート電圧に変動が及ぼす出力段プレート電流へのインパクトは非常に大きくなってしまいます。出力段プレート電流変動 = 4.5mA/Vこの値は、冒頭の「2段直結シングル回路」の<カソード側定電圧化>の時と同じです。すなわち、出力管のgm値そのものになります。これでは実用的ではありません。差動回路の機能が、前段の2つのプレート電位の差を検出することである以上、宿命的な問題です。差動直結回路では、DC領域においては、差動回路の特徴をある程度殺さなければならないことになるのです。そこで、折衷案として、定電流回路はそのままにして、<独立カソード抵抗>も併用してみます(右図下側)。
出力段プレート電流変動 = (30.72mA-29.28mA)÷(119V-118V) = 1.44mA/Vこれは、カソード抵抗を挿入したことによって、出力管のgmが4.5から1.44に変化したとみてよいのでしょうか。そこで、簡単な計算をして検証してみることにします。真空管の3定数、「内部抵抗(rp)」、「増幅率(μ)」、「相互コンダクタンス(gm)」の間には、gm=μ/rpという関係がありました。6AH4GTでは、4.5=8/1.78となります。ところで、カソード抵抗が挿入されると、μは相変わらず一定で変化しませんが、rpには、
rp = 元のrp + (カソード抵抗×μ)という変化が生じます。そこで、カソード抵抗に470Ωを代入してみます。rp = 1.78kΩ + (0.47kΩ×8) = 5.54これが、カソード抵抗がある時の6AH4GTの内部抵抗(rp)です。そこで、μ=8、rp=5.54kΩを、gm=μ/rpに代入してみると、gm = 8 ÷ 5.54 = 1.44になります。さきほどの出力段プレート電流変動から求めたgm=1.44とぴったり一致しました。さて、出力段プレート電流変動が1.44mA/V程度で使い物になるのか、について考えてみます。この問題は、出力段のプレート電流のアンバランスをどこまで許容するかにかかっています。プレート電圧のアンバランスは、(1)最大出力の低下と、(2)出力トランスのアンバランス許容電流に関係します。かりに6mAまで許容したとすると、グリッド電圧は、6mA÷1.44mA/V=4.2Vということになります。つまり、経年変化や動作の変動による前段のプレート電圧の狂いは、4.2V以下でなければならないということになります。何とかいけそうな値であり、無理そうな値でもあります。
もちろん、カソード抵抗値をもっと大きな値・・・たとえば、1kΩ・・・にしてやれば、0.82mA/Vまで下げられますから、前段のプレート電圧の狂いの許容値は、7.3Vまで高くできます。
この回路の各部の電圧と電流の関係について、もうひとつ確認しておきたいことがあります。それは、グリッド電圧とカソード電圧との関係を、どうやったら簡単に求めることができるかです。グリッドに1Vの電圧変動があった時、カソード電位がどれくらい変動るのかさえわかれば、この回路の動作条件を求やすくなるからです。
右図を見てください。これは、上の回路のDC動作に関係のある部分を抜き出したものです。問題は「?」の部分の電圧変動がどれくらいであるかです。この回路における2つの出力管と2つのカソード抵抗の関係は、プッシュプル化されたカソードフォロワ回路とみなすことができ、カソードフォロワ回路の動作の解析と同じ計算が使えます。この場合、カソード抵抗が負荷ということになります。カソードフォロワ回路の出力インピーダンスは、1/gmで求められますから6AH4GTの場合、
出力インピーダンス = 1 ÷ 4.5 = 0.22kΩですから、プッシュプルで考えると、出力インピーダンス=0.44kΩ、負荷抵抗=0.94kΩという動作になります。この時の電圧利得は、
利得 = 0.94 ÷ (0.44 + 0.94) = 0.68倍になります。すなわち、グリッドに1Vの電圧変動があった時のカソード抵抗に生じる電位の変動は0.68Vであるわけです。このとき、カソード抵抗1本あたりで生じる電位の変動は0.34Vになります。
■DC帰還による安定化アプローチ・・その1
これまでのアプローチは、直結回路の受け側からみて、いかにして前段で生じた電位の変化の影響を受けにくくするか、について検討してきました。今度は、前段そのものの安定度をいかにして高めるか、について検討してみたいと思います。右の回路は、12AX7の差動増幅回路ですが、それぞれの12AX7のプレートからグリッドにP-G帰還をかけています。そして、このP-G帰還はDC領域まで有効です。
この回路での12AX7の裸利得はおおよそ70倍ですが、1.2MΩ:100kΩの比率で負帰還がかかっていますから、負帰還後の利得は10.96倍、帰還量は16dB(6.38倍)です。裸のままの12AX7で生じるプレート電圧の変動が7Vあるとすると、P-G帰還がかかった状態ではこれが1.1V程度まで安定化される計算になります。
グリッドにDC帰還を戻すためにはグリッド電位をアースから浮かさなければなりませんが、カソード電位も浮いてくれるために、都合の良いことに、共通カソード〜アース間に定電流回路(この場合はCRD)を入れることができるだけの電圧の余裕(ここでは11.5V)が生まれてくれました。おかげで、マイナス電源がいらなくなりました。
右の回路は、今、説明した回路を使って出力段との間で直結差動できるようにしたものです。
「in」にはいったプリアンプからの信号は、1μF/50Vのコンデンサを介して左側12AX7のグリッドに入力されます。このとき、プリアンプの出力インピーダンスが十分に低い値であれば、この12AX7のグリッドは交流的に接地されているとみなせます。反対側の12AX7のグリッドは、1μF/50Vのコンデンサで交流的に接地されています。2つのグリッドがともに接地されているならば、交流領域ではP-G帰還は機能しません。P-G帰還の効果は、DC領域のみで生じることになります。
2つのプレートの電位がともにぴったり130Vであるためには、どちらの12AX7ユニットも、プレート電流=0.5mA、プレート電圧=130V-11.5=118.5Vでなければなりません。その時の各ユニットのバイアスは、設計上は-1.5Vなのですが、球のばらつきがありますから、実際には-1.2V〜-1.8Vくらいの範囲でばらつくと思います(参考ページ:12AX7/ECC83 特性バラツキ・データ)。そこで、球のばらつきを調整できるようにするために、右側の12AX7のグリッド回路に、バイアス調整用の可変抵抗(20kΩVR)を入れてあります。この可変抵抗を調整することで、2つのプレート電位をぴったり130Vに合わせることができます。
■DC帰還による安定化アプローチ・・その2
今、ここでご紹介した回路は、後段まで巻きこんだ負帰還ループに拡張することができます。工事中
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木村 哲
2000.6.16(作成)