The Single Amp. Project
出力段の信号ループ最短化実験

シングル出力回路における出力段信号ループの考察:

シングル出力段の基本回路について、その信号ループがどのようになっているのかを考えてみます。

下図「カソード・バイアスA」の回路は、おなじみカソード(自己)バイアス方式の時の信号ループです。「出力管」〜「出力トランス(OPT)」〜「電源コンデンサ(Cb)」〜「カソード・コンデンサ(Ck)」で一周します。この信号ループには、CbとCkの2つのコンデンサが直列に含まれています。この場合、Ckには出力信号電流が流れ、Cbには出力信号電流と電源のリプル電流の両方が流れます。

カソード・バイアスB」の回路は、古典アンプに見られた方式で、信号ループ形成用コンデンサ(Cloop)によって、信号ループがショート・カットされています。出力管が出力トランス(OPT)を駆動することを考えると、こちらの方が合理的だといえます。この時、Ckは信号ループからは切り離されるため、なくても良さそうに見えます。しかし、Ckを省略してしまうと、B電源に残留しているリプル電圧がCloopを経てカソード電位を揺らしてしまうため、ハムが出やすくなります。Ckの役割は、カソード側に生じたB電源の残留リプルをアースに逃がすという重要な役割があるわけです。この場合、Ckには電源のリプル電流が流れ、Cloopには出力信号電流と電源のリプル電流の両方が流れます。もし、B電源に残留リプルがほとんどない場合には、Ckは省略することができるはずです。

この考え方を押し進めたのが「カソード・バイアスC」の回路です。出力段の信号ループ形成とB電源のリプル電流のルートを切り離して考えます。そうすることで、2つのコンデンサ、CloopとCbの役割がはっきりします。この場合、Cloopには出力信号電流だけが流れ、Cbには電源のリプル電流だけが流れます。

右端の「固定バイアス」の回路では、コンデンサはCbの1個しかありません。従って、信号ループについてみると「カソード・バイアスBやC」と同じです。しかし、Cbには出力信号電流と電源のリプル電流の両方が流れるという点が「カソード・バイアスC」とは異なります。


実験台TU-870:

実験に使用するのは、エレキットのベストセラー"TU-870"です。TU-870は、チャネルあたり1本の6BM8を使ったシングルアンプです。誰が組んでも安定・確実に動作するように設計されています。以前、掲示板でTU-870の音を聞いてみたいと言ったら、全段差動の庭にも登場されているきとく氏が「超3アンプに改造されていますがこれをお使いください」とおっしゃってわざわざ持って来てくださったことあります。何故か根性をなくしてしまい、暫くの間しまわれていたのを使わせていただくことにしました。

キットとして提供されているプリント基板は手つかずのままです。どうやらキット購入時にいきなり超3化されたようです。配線も部品もすべてはずし、購入時の姿に戻そうとしたのに・・・う〜ん、なかなか戻らない。電源トランスはなんとTANGO N-12がついています。つまり、シャーシが加工されて大穴が開いているということです。RCAピンジャックもボリュームも別のものがつけられているし。しかし、どうってことはありません。なんとかなるもんです。

TU-870のオリジナル回路を見ますと、ちょっと癖があります。

初段グリッドが1MΩでアースにつながっているのはとても親切です。ボリュームが接触不良になったとしても、通電時に初段管は正常動作します。初段カソード抵抗は2.7kΩで、並列にバイパス・コンデンサがありません。6BM8の3極部の内部抵抗は約35kΩ、μは62くらいです。この場合の内部抵抗は、35kΩ+2.12kΩ+(2.12kΩ×62)=168.6kΩくらいという非常に高い値になります。2.12kΩというのは、10kHz以上の高域における2.7kΩと10kΩ合成値です。初段の利得は21〜22倍です。

出力段グリッドが150pFのコンデンサでアースに落されていますが、ここでは、内部抵抗168.6kΩとプレート負荷抵抗100kΩと出力段グリッド抵抗1MΩの3つの並列合成値(168.6kΩ//100kΩ//1MΩ=59.1kΩ)と150pFとで決定される時定数を持ちます(159÷(59.1kΩ×150pF)=約18kHz)。裸特性で高域をバッサリ切った状態で負帰還をかけようという設計です。初段〜出力段をつなぐ結合コンデンサの容量は0.022μFとかなり控え目で、初段出力インピーダンス(168.6kΩ//100kΩ=62.8kΩ)と1MΩとで形成される低域時定数は、159÷(1062.8kΩ×0.22μF)=6.8Hzです。考え方ひとつで、これで充分ともいえるし、全然足りないとも言えます。設計者は前者を選んだようですし、私の考えは後者です。従って、0.022μFは0.1μFに変更します。この時の低域時定数は約1.5Hzです。

出力段は5極管動作であり、カソード抵抗(330Ω)とバイパス・コンデンサ(220μF)によるどこにでもあるカソード・バイアス方式で、負荷インピーダンスは5kΩです。出力トランスは、羊羹の切れっ端のようなちっぽけなものです。低域特性の良さは期待しない方がよさそうです。電源回路は、AC170Vのブリッジ両波整流を100μFのコンデンサで受け、220Ω+47μFの1段リプル・フィルターを経て左右出力段に供給されるというごく簡単なものです。左右チャネル間クロストークは悪くても文句言えません。

製品としては、安全確実に良くまとまっていると思いますが、作為的な音作りがみられますし、帯域もやや狭く設計されており、このままではちょっと実験には向きません。もうすこし、アンプとしてのポテンシャルを上げてやる必要があります。


出力段信号ループ最短化の実験:

アンプ部

実験用として組み直した回路は下図左のとおりです。出力段の動作条件は下図右です。

オリジナル・アンプのプリント基板をそのまま使ったので、既成のプリント・パターンを生かしてできるだけそのまま使うように苦慮しています。たとえば、初段カソードまわりですが、中高域ブースト用のCR(10kΩ+0.1μF)を390Ωと560μFのバイパス・コンデンサに置き換えています。こうすることで、不充分ながらも初段管の内部抵抗の上昇を抑えています。カソード抵抗値が7kΩと非常に大きいのは、負帰還抵抗3.9kΩにも初段カソード電流が流れるため、必要なバイアスを確保するためにはこのような変則的な回路定数バランスになりました→実質カソード抵抗値=2.5kΩ。

出力段は、オリジナルが5極管動作であったのを3極管接続に変更しています。回路図には表記されていませんが、スクリーン・グリッドは120Ωの発振防止抵抗を介してプレートにつながっています。スクリーン・グリッドはもともとB電源から供給されていましたから、真空管7番ピン周辺のプリントパターンを3個所で切断しています。

ところで、プリントパターンを後になってから剥したり、切り離すのは面倒ですね。私は、ちょっと荒療治ですが、切り離したいプリントパターンのところに4mmくらいのドリル穴を開けて切り離してしまいます。非常に簡単かつ確実に切り離せます。

さて、本実験のハイライト、出力段カソードまわりです。

直流的にみると、カソード抵抗(560Ω)によるカソード・バイアス方式ですが、カソード抵抗と並列のバイパス・コンデンサが見当たりません。そのかわり、B電源〜カソード間に100μFのコンデンサがはいっています。こうすることで、出力管と出力トランスの信号ループを最短化し、しかも、信号経路をアースやB電源から独立させています。この場合、カソード抵抗に並列のバイパス・コンデンサがないからといって、電流帰還はかかりません。こういう回路構成にした時に、何らかの不都合が生じるかどうかを確認するのが本実験の目的です。

ご注意:この実験ではカソード抵抗にたまたま手元にあった560Ω/2Wを使用しましたが、この条件は必ずしも6BM8をの最適な動作ではありません。ロードラインを無駄なく使い切るためには、バイアスはもう少し深く、プレート電流はもう少し少ない動作で最大の出力が得られます。

(・・・と書きましたが、後日実験を行ったところ、プレート電流値を減らすと最大出力が増加するどころかかえって減少してしまいました。本回路の動作条件でほぼ最適化されていると考えていいと思います。2003.9.19追加)

電源部

ところで電源回路ですが、オリジナルにちょっとだけ手を加えています(右図)。

出力段信号ループの最短化を行った場合、B電源〜カソード間に挿入したコンデンサにはリプル・フィルタ作用がありません。しかも、5極管動作に比べて内部抵抗が低い3極管(3極管接続)は電源の残留リプルを拾いやすい、という弱点があります。B電源のリプル除去を徹底するために、トランジスタ2SC3158(左画像)1石による超簡易型リプル・フィルタを挿入しました。

秋葉原の秋月で購入した多機能テスターによる2SC3158のhFEの実測値は約35でしたから、実装して60mAくらい流した時のベース電流が60mA÷35=1.7mA、ベース抵抗に7.5kΩ入れたら、コレクタ〜エミッタ間電圧は、1.7mA×7.5kΩ+0.6V=13.4Vくらいかなと思ったのですが、実装時のhFEは50以上になっているようで、実際のコレクタ〜エミッタ間電圧は約8Vでした。このリプル・フィルタのおかげで、B電源の残留リプルは4mV程度まで少なくなっています。若干発熱するので、市販されているものの中ではいちばん小型の放熱器を取り付けています。

TU-870改造

実験用に改造したTU-870のシャーシ内の様子は右の画像のとおりです。

実際にTU-870をお作りになった方ならば、すぐにあれっと気付かれると思います。基板上に取りつけられている2つのLラグはオリジナルにはありません。上側のLラグはLM317Tを使った定電流回路であり(次ページで詳説)、スイッチで灰色に見えるカソード抵抗と切り換えができるようにしてあります。下側のLラグはトランジスタ式リプルフィルターです。トランジスタは寝かせて取りつけてあり、小型の黒い放熱フィンがついています。

上(ボリューム手前)と右端に見える電解コンデンサもオリジナルにはなかったものです。これは、出力段の信号ループ用コンデンサ(100μF/250V)です。基板にあけられていた穴とパターンをうまく流用して回路に組み込んでいます。

なお、シャーシ右上で外側に出っ張っているのは前オーナーによって取り付けられた冷却ファンですが、今は単なる飾りにしています。


実験結果:

まずいえることは、静かなアンプです。電源リプルが少ないからだと思いますが、ハムは全く聞こえません。動作は正常で、音はちゃんと出ます。つまり、出力段信号ループを最短化した構成にしても何ら問題はなさそうです。最大出力は1Wそこそこであり、低域特性も良くはないはずですが、それでも一人前の音がします。しかし、50Hz以下がかなりのレベルでしっかり録音されているソースの再生では、低域不足は感じませんが、流石に低域での波形の乱れが聴感上も認識できます・・・やっぱり、ものには限界ってものはありますね。カソード・バイアス方式でうまくいったので、今度は、カソード抵抗を定電流回路に置き換えてみます。
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