私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
熱設計

電力はすべて熱になる:

電源から供給された電力のほとんどすべては「熱になる」ということを忘れてはいけません。もし、100Wの白熱電球のエネルギー変換効率が100%であったならば、100Wの電力のすべてが光エネルギーに変換されて熱は全くでなくなり、煌煌と輝く電球に触れても冷たいままのはずですが、現実は、100Wの電力のほとんどが熱エネルギーになってしまい、電球は触れないくらい熱くなります。

オーディオアンプも同じで、エネルギー変換効率が100%であったならば、真空管式メインアンプは全く熱を持たないはずですが、実際には暖房器具になるくらいの熱が出ます。それでも、白熱電球よりはかなりましで、消費電力80Wの6B4Gシングル・アンプからは、6W+6Wの出力が得られますから、エネルギー効率は15%という好成績?ということになります。

もっとも、スピーカーに入力された6Wのエネルギーのうち、音響エネルギーに変換されるのはそのうちのほんのわずかで、エネルギーの大半はスピーカーのボイスコイルで熱になってしまいます。スピーカーの許容入力というのは、ボイスコイルが放熱できる最大電力で決まってしまうわけです。

抵抗器という部品があります。抵抗器は光も出さなければ音も出しません。この部品は、自己で消費した電力の100%を熱に変換します。世の中には同じような性質の器具がありますね。そう、電熱器です。抵抗器はミニ電熱器です。真空管に至っては、内部にヒーター(つまり電熱器)を持っています。抵抗器や真空管に限らず、トランス、コンデンサ、半導体・・・あらゆる部品からは熱が出ます。

AC100Vからオーディオアンプに供給された電力は(すべて)熱になる、と考えるのがもっとも合理的な解釈なのです。


部品はすべからく熱が嫌い:

ところで、熱というのは、あらゆるものを破壊し、酸化させ、蒸発させ、疲労させ、劣化させてゆきます。熱疲労ということばをご存知だと思いますが、温度の上昇・下降にともなう膨張・収縮を繰り返すうちに、物理的・機械的に構造が疲労してゆく現象です。化学反応のスピードは、温度上昇によって大幅にスピードアップしますね。このような様々な要因によって、電子部品の疲労・劣化は進行し、特性の劣化や絶縁性能の低下、故障を引き起こします。

アルミ電解コンデンサが熱に弱いことは非常に有名ですが、それは、アルミ電解コンデンサがその構造上特に熱に対する劣化スピードの速さが目立つことなのであって、他の部品だって熱は歓迎しません。定格以内であっても、高温に晒された抵抗器の表面は焼けてきますし、ソリッド抵抗では抵抗値が変化してしまいます。フィルムコンデンサはアルミ電解コンデンサよりも熱に弱く、容易に絶縁が劣化しますし、ダイオードやトランジスタも劣化が進行します。

電子部品はすべからく熱がお嫌いなのです。もっとも、超低温も好きではありませんが。


回路図に書かれていない部品:

熱にかかわる特性や影響は、回路図からはなかなかわかりません。発生した熱が効率良く外部に放射されるのか、内部にこもってしまうのか、近隣の部品を熱で焙ってしまうのかは、回路図には書かれていません。同じ回路図のアンプでも、製作者が異なれば、熱にかかわる性能には大きな差が生じます。

そのわからないことづくめのアンプが、長期にわたってトラブルも起こさずに安定に動作するのか、部品の劣化等によって性能が低下したりしないか、といった重要なことは、製作者の熱設計に対するセンスと実装技術によって決定されます。かつて、テレビから火が吹き出た、という有名な事件がありましたが、これはメーカー側の設計者の熱設計に対する無理解が原因でした。回路図に書かれている部分の設計技術にはたけていても、回路図には書かれていない部分の設計技術に問題のある技術者は非常に多いのです。

みなさんがお持ちのパソコンや電気製品の中を開けてみてください。そこには、熱で変色した抵抗器があったり、明らかに後で追加したと思われる放熱板や冷却ファンが取りつけられていたりします。これは、製品化された後で問題が発覚したことの証拠です。


熱設計:

(1)全体の設計と消費電力の算出

真空管アンプでは、最大の発熱体は真空管でしょう。次いで、電源トランスだと思いますが、抵抗器から生じる熱の総量もばかにできません。抵抗器はほとんどすべてがシャーシ内部に実装されますから、ここで生じる熱はすべてシャーシ内温度の上昇の原因になります。熱設計では、無闇に抵抗器に電力を食わせないような知恵と工夫が要求されます。

1mA流せば十分なところに2mAを流す必要はありません。電源回路の整流出力電圧が400Vのアンプでは、たった1mAの節約がアンプ全体で0.4Wもの電力の節約につながります。0.4Wといえばかなりの熱が出ます。

アンプを設計する際は、オームの法則にもとずいて、まず、すべての発熱部品について消費電力を算出します。真空管の場合は、ヒーター電力とプレート損失(+スクリーングリッド損失等も)の合計値になります。抵抗器の消費電力の計算は簡単ですね。

(2)部品単体での熱管理の検討

消費電力の算出ができたら、部品単体での熱管理について検討します。

たとえば、0.2Wの電力消費がある抵抗器の場合、何W型の抵抗器にするのかということです。抵抗器の規格は、常温(25℃)における動作を基準としていますが、アンプの内部が25℃であるわけがありません。夏場であれば、電源OFFの状態でも35℃以上ということもありえますし通風の状態によっては、電源ON後には50℃以上となることは珍しくありません。抵抗器が電力を消費した時に生じる熱と、抵抗器の表面温度の上昇の度合いには下表のようなほぼ直線的な相関関係があります。

 25%50%100%
炭素皮膜抵抗器(1/2W)11℃22℃44℃
セメント抵抗器(2W)25℃50℃100℃
セメント抵抗器(5W)38℃76℃152℃
セメント抵抗器(10W)60℃120℃240℃

この表からは、抵抗器に定格一杯(100%)の電力を消費させると著しい温度上昇が起こることがわかります。定格の半分(50%)でもびっくりするくらいの温度上昇が起きます。そして、大電力型の抵抗器ほど温度上昇が大きいこともわかります。ということは、2W型抵抗器と10W型抵抗器とを同じ温度上昇に抑えたかったら、10W抵抗器にはさらに余裕を持たせてやらなければならないことになります。

私は、電力消費量の4倍の定格のものを使う(25%で使う)のを標準にしています。ですから0.2Wの電力消費がある場合は原則として1W型を採用します。もちろん、1/2W型を採用しても、抵抗器が破壊するということはないと思いますが、相当の高温になるということは覚悟しなければなりません。1W型の抵抗器に、0.5Wあるいは0.25Wの電力を食わせた時に、その抵抗器がどれくらい熱くなるのか、是非一度実際に指で触ってその感覚を覚えてください・・・6.3Vのところに82Ωを入れれば0.48Wになります。この時、1W型が売られていない場合があります。1MΩの抵抗を450Vのところに入れたいような場合です。1W型で1MΩという値の抵抗器は市販されていません。このような場合には、510kΩ1/2W型の抵抗器を2本直列にすることになります。このように、熱設計によって回路図そのものが変わってしまうことは案外多いのです。

1kΩの抵抗器に120mAを流したいような場合はどうでしょうか。消費電力は14.4Wにもなります。今度は、14.4Wもの熱をシャーシ内部で発生させることの是非が問題になってきます。ステレオでは28.8Wになってしまいます。小さな半田ごて並の発熱です。抵抗器をシャーシに密着させて放熱させるか、シャーシ外部に取りつけるか、あるいは一から設計変更をして大量の発熱を回避するように知恵を絞るか、ということになります。

電源トランスは、各巻き線ごとに定格以内で使用する限り、発熱によるトラブルはないと考えて良いですが、定格いっぱいの電力を取り出すと鉄心の温度はゆうに100℃を越え、手で触れることさえできなくなります。電源トランスにカバーをかける場合は、通風の配慮が必要な時があります。

真空管は、管種ごとに管理すべきガラス壁の温度が異なります。2A3の全消費電力が、15W+(2.5V×2.5A)=21.25Wであるのに対して、はるかに小型の6R-A8が、15W+(6.3A×1A)=21.3Wであったりします。このあたりの問題は、真空管の最大定格の「プレート損失」のページを参考にしてください。

ダイオードのなかでも、整流ダイオードはかなり発熱します。順方向電圧0.8Vのところに平均電流250mAを流せばそこで消費される電力は0.2Wですから抵抗器でいえば1W型相当になりますし、ブリッジ整流器から1Aを取り出そうとするとブリッジ・スタック全体の消費電力は2W以上にもなりますから抵抗器でいえば10W型相当にもなってしまいますから、かなり真面目に放熱対策を考えなければなりません。

トランジスタについては、放熱板の熱抵抗等から必要な放熱板のサイズを求める式がありますが、これについては専門書に譲ります。真空管のプレート損失では、15Wという定格があれば15Wまで食わせることができますが、パワートランジスタでいうコレクタ損失というのは、無限大の放熱板による理想放熱が行われた場合の値が表示されていますから、基準が全く違うのだということだけは覚えておいてください・・Tj=25℃という表示があります。30Wのコレクタ損失のトランジスタの場合、放熱板なしの場合は2Wを食わせただけで触れなくなるくらい熱くなります。縦横1cm角くらいしかありませんから、熱くなってあたりまえです。

このようにして、部品1点1点について、どれくらいの熱量が放出されるのか、そして、アンプ全体でどれくらいの熱量になるのかを検討します。

(3)部品の実装の検討

今度は、個々の部品の実装時の取り付け方法や配置の検討です。抵抗器等で発生した熱は、空気を通じて放熱されるだけでなく、リード線を伝わっても放熱されます。従って、リード線の先にもっと高温になる部品がつながっているような場合は、熱が逆流してきます。また、太いアースラインなどに短く半田付けしてしまえば、アースラインを伝わっての放熱も期待できるわけです。発熱部品が密集するような場合は、間隔をあけるか、より定格の大きなものに変更します。中空になったホーロー抵抗は、煙突を連想させますが、これを縦に配置する時は注意がいります。上側の方が高い温度になってしまうからです。ホーロー抵抗は水平配置を前提に定格が決められています。

熱せられた空気は上昇しますから、高温になる部品の上方に熱に弱い電解コンデンサや温度特性が敏感な半導体を配置するのは賢明とはいえません。シャーシへの部品の取り付けは、熱くなる抵抗やダイオードが最終的に上側になるように、電解コンデンサやフィルム・コンデンサが下になるように進めてゆきます。

シャーシのあちこちに放熱孔を開けるのは非常に意味があります。その時、発熱部品の上に放熱孔がくるように工夫します。伏せ形の電源トランスの取りつけ穴は、できるだけ大きく開けて周囲にできる隙間を広くとってやります。外からは見えませんが、この穴による放熱効果は大きいものがあります。従って、電源トランスの鉄心はシャーシ上面に密着しないように、ナット等で十分に浮かせてやります。ブロックコンデンサをシャーシ上に立てて取り付ける場合は、大き目の穴を開けたり、コンデンサ本体をシャーシから浮かせたりして、通気できるように工夫するのも良いと思います。

真空管で特に注意しなければならないのはメタル管です。メタル管ではベースを通じでシャーシ側に伝わる伝導熱の比率が極端に大きいということです。次いでボタンステムの球で、特にプレートの位置が低く、ピンとの距離が近い構造の球は要注意です。反対に、ツマミステムでしかも電極とベースピンとの距離が離れているST管では、プレートやヒーターの熱はベースまではほとんど伝わってきません。6L6族の場合でいえば、球の根元が一番熱くなるのが6L6(メタル管)、次いでボタンステムでしかもベースが薄い5881、それから6L6GBや6L6GC、最後に6L6GAという順序になります。シャーシへの伝導熱が大きい球では、シャーシが相当に加熱するものと考えなければいけません。

整流ダイオードでは、特に発熱の大きいフィラメント直流点火電源用のものがありますが、これはシリコンを塗布した上でシャーシに圧着するか、しかるべき放熱板を与えてやります。

パワートランジスタのほとんどは内部的にコレクタ側が放熱フィンに接続されていますから、シャーシや放熱板にいきなり圧着したのでは、ショート事故になるのはご存知のとおりです。絶縁のために、専用のマイカや絶縁シートを挟んで実装するわけですが、取りつけ孔のちょっとしたバリが絶縁シートを貫通してショート事故になりますのでくれぐれも注意してください。

オーディオ回路におけるコンデンサの発熱量の計算は非常に難しいですが、特に注意を払う必要があるのは、電源の整流回路の直後に来るアルミ電解コンデンサです。このコンデンサには、他のどのコンデンサよりも大きなリプル電流が流れます。リプル電流の大きさは、以下の式で求められます。

リプル電流=リプル電圧÷コンデンサのリアクタンス
例えば、真空管式ミニワッターの電源の場合は、リプル電圧が1.3Vで、コンデンサが100μFですから100Hzにおけるリアクタンスは16Ωです。これを計算するとリプル電流は80mAとなります。100μF/250Vのアルミ電解コンデンサのESRは1Ωほどありましたので、80mWの発熱が生じることがわかります。これくらいの発熱量があると触ってはっきりわかる程に熱を持ちます。

一般家庭ではあまり現実的ではありませんが、標高も熱設計と密接な関係があります。真空管の中には高度45,000フィートでの最大定格を規定したものがあります。これは高々度を飛行する飛行機上では空気密度が低下するために放熱効果が低下するため高度に対応した定格が明記されているのです。標高が2400mでの空気密度は0mの場所に比べて75%しかありません。高地の別荘で使用する機材の場合、最大定格一杯の使い方はできないのです。

(4)調整と改善

出来上がったアンプは、連続運転させて発熱の様子を調べます。熱管理がうまくできていないアンプでは、シャーシ全体がかなりの熱を持ったり、特定の部位だけが異常に熱を持ったりします。しかし、後になってからできることは知れています。トランスや部品を実装してしまってから、新たに放熱孔を開けるのは至難ですし、部品や配線を傷つけます。ですから、事前の熱設計が非常に重要なのです。メーカー製の電子機器でも発火等の事故を起こすのですから、すべて自己責任の自作の場合はより一層の注意が必要です。

どうしてもアンプ全体が熱くなりすぎる場合は、総熱量を減らさなければなりません。電源トランスのB巻き線のタップを1ランク下に下げる、プレート電流を減らすといった変更を行います。電源電圧を10%下げたら、一般に最大出力は20%以上低下しますが、案外耳ではわからないものです。GT管から、同等特性を持ったST管に変更するという方法も有効です。冬場専用アンプにするという判断もあるでしょう。いずれにしても、安全に動作するアンプであることが何よりも優先します。音のためなら安全も犠牲にするという方は、アンプを作る資格はありません。

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