私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
測定器その3 (オーディオ信号電圧の測定)

オーディオ信号電圧測定の場面

オーディオアンプが出来上がって音が出るようになって最初の測定は、多くの場合、利得でしょうか。プリアンプでもパワーアンプでも、出力側に適切なダミーロードをつなぎ、1V程度の出力信号が出るようにした状態で入力信号の大きさを測定します。この時に使う周波数は通常1kHzです。1Vを入力信号電圧で割れば利得がわかります。入力信号の大きさを徐々に上げながら出力信号の大きさを測定すれば、入出力特性が得られます。なお、何Vで測定するかはよく考えなければなりません。電源電圧が低い機材では1Vを出せないものもありますから。

今度は、出力信号電圧を1Vにしたまま入力する信号の周波数を変化させます。1kHzにおける出力を基準にして10Hzくらいから100kHz、あるいは1MHzくらいまでの出力電圧を測定し、dB換算すれば周波数特性が得られます。パワーアンプやトランスを使った回路では出力の大きさによって周波数特性が大きく変化するので、出力信号電圧を変化させて繰り返し測定します。

入力側をアースにショートさせた状態で出力側に現れる信号電圧を測定すれば残留雑音の大きさがわかります。片チャネルの入力をアースとの間でショートさせた状態で、もう一方のチャネルに信号を入力し、ショートさせた側のチャネルからどれくらい信号が漏れて出てくるかを測定すれば、左右チャネル間のクロストーク特性が得られます。

これらのほかにもアンプの各部の増幅の状態を調べたり、トラブルの原因を探したり、負帰還の調整を行ったり、内部抵抗やダンピングファクタを測定したり、用途はたくさんあります。


<パワーアンプの利得の測定>

パワーアンプのスピーカー端子にダミーロードと電子電圧計をつなぎます。正弦波信号をパワーアンプに入力します。周波数は1kHz※、レベルは0.05V〜0.1Vあたりが無難です。パワーアンプ側の音量調整ボリュームは最大にします。スピーカー端子側につないだ電子電圧計に電圧が表示されますのでその値を読み取ります。出力電圧が0.5V〜1Vになるようにパソコン側の出力を調整します。このままの状態で入力信号を測定し値を読み取ります。

※デジタルテスターを使って測定する場合は400Hzがいいでしょう。何故ならば、デジタルテスターは高い周波数が苦手で1kHzでは正しい値が得られないことがあるからです。

利得 = スピーカー端子の信号電圧 ÷ 入力信号電圧
スピーカー端子ところの信号電圧が1Vで入力信号電圧が0.2Vならば、利得は
1V ÷ 0.2V = 5倍
になります。ちなみに、8Ω負荷における1Vの信号電圧が出ている時の出力は0.125Wです。2Vで0.5W、4Vでは2W、8Vでは8Wになります。小出力アンプの場合は、測定電圧が大きすぎると正確な測定ができませんので注意してください。


<ミリボルト・メーター/電子電圧計>

オーディオ信号の大きさ(電圧)の測定器のことを一般にミリボルト・メーターあるいは電子電圧計と呼びます。ミリボルト・メーターは10MΩ程度の非常に高い入力インピーダンスを持ち、1mVくらいの微小信号から300Vくらいの信号まで測定できるレンジを持っています。周波数特性も十数Hzくらいの低い周波数から500kHzくらいまでフラットな特性を持っているため、オーディオ・アンプの周波数特性の測定に使えます。1mVレンジにすると0.1mVくらいまで目視で読みとれるため、ごく一般的なパワーアンプの残留ノイズも測定できます。しかし、残留ノイズが100μV以下の低雑音性能が優れたアンプの測定では精度が得られません。

LEADERおよびKENWOODのものが今でも中古やオークションで出ています。最小レンジは、0.3mV、1mV、3mVの3種類があります。左下の画像は1チャネルですが、2チャネル(針が2本)の方便利なので少々奮発しても2チャネルのものをおすすめします。

この種の電子電圧系には、入力部分に1/1000のアッテネータがついていて(右上の回路図)、1mV〜300mVレンジと1V〜300Vレンジ(あるいは0.3mV〜100mVと300mV〜100V)でアッテネータをスルーするかどうかのモードが切り換わります。このアッテネータは抵抗とコンデンサが並列にになっています。数十kHzよりの低い周波数ではもっぱら抵抗値によって減衰率が決まり、数十kHzよりも高い周波数ではコンデンサ容量によって減衰率が決まります。何故このようなしくみになっているかというと、配線や基板で生じているpFオーダーの浮遊容量があるために、抵抗器だけでは高い周波数で減衰特性が狂ってしまうからです。

調整は、正確な発振出力が得られるオーディオジェネレータと電子電圧計を直結して行います。まず400Hzくらいを使って半固定抵抗VR1を調整してアッテネータの減衰を調整します。次に、50kHz〜100kHzくらいを使って高い周波数帯域での減衰ができるだけ400Hzと同じになるようにトリマVC1を調整します。但し、配線の浮遊容量などの関係で完全にフラットにはならず、わずかにうねりが残るのが普通です。中古で入手した場合は必ずこの調整を行ってください。

使用上の注意点としては、測定時に余計なノイズを拾わないようにすること、数十pF程度の入力容量を持っているため高インピーダンス回路の測定では高域が減衰して表示されることなどです。また、ノイズの測定ではどれくらいの「帯域」で測定したかが重要になってきますので、お持ちの機材の帯域特性がどれくらいの周波数から落ちているかを知っておく必要があります。


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<デジタル・マルチ・メーター>

デジタル・マルチ・メーターには、テスターの形をした電池式でコンパクトなタイプと、右の画像のような大掛かりなものの2種類があります。テスター・タイプの普及機は周波数特性があまり良くないため、1kHzより高い周波数では正確な値が得られません。しかし、各メーカーともにハイエンドモデルになると100kHzくらいまでほぼフラットなものがあります。100kHzまで測定できるモデルはどのメーカーでも4万円〜6万円します。

右画像のような高性能なものになると100kHzあるいはそれ以上の帯域にわたって正確な値が得られますが、価格も跳ね上がります。

デジタル・マルチ・メーターはオーディオ信号を測定することが主たる目的でない(ことが多い)ので、これだけですべてをカバーできるわけではありません。また、機種によってはACV機能を省略してDCVしか測定できないものがありますので・・・ADVATEST R6452EやR6871-DCなど・・・オークションなどで手を出す場合はしっかりと確認しておかないと、現物を受け取ってから慌てます(それをまたオークション出すしかないですが)。


<テスター>

オーディオ信号電圧の測定では、テスターはあくまで補助的機能でしかありません。デジタルテスターは1V以下でも測定可能ですが1kHz以上の周波数で役に立ちませんし、アナログテスターは周波数特性はかなりいいですが1V以下の微小信号電圧には反応しませんし、正確さを求めると3V以上でないと実用になりません。しかも、内部抵抗が低いのでパワーアンプの出力くらいしか測定できません。

下図右は手持ちの4台のテスターあるいはデジタル・マルチ・メーターの周波数特性です。秋月で4千円ほどで買えた廉価DMMは数kHz以上の帯域でとんでもない特性になってましたし(これはまあひどすぎですが)、信頼が置けるFLUKEの標準機でも1kHzですでに減衰が始まっています。それに比べると数千円のアナログテスターの周波数特性は立派ですがいかんせん感度が低すぎ。十数万円のデジタル・マルチ・メーターは、まあ価格なりに、ということでしょうか。

下のグラフは、2種類のデジタルテスターのACVレンジにおけるリニアリティの実測データです。X軸が実際の電圧で、Y軸がテスターが表示した値です。FLUKEの標準機は、100Hzであれば0.1V以上で非常に正確な値を示し、0.1以下でも0.01Vくらいまではかなり頑張ります。グラフにはありませんが1kHzでも100Hzとほぼ同等の正確さを維持しますが、3kHzになると明らかにレスポンスが低下し、リニアリティも落ちてきます。

秋月の4千円モデルは、100Hzでも0.3V以下でどんどんずれが生じてきて0.1V以下では実用になりません。3kHzでは、ある程度の正確さが得られるのは1Vあたりだけで、5Vでは実際よりも高い値が表示され、0.5V以下ではどんどん落ちてくるというデタラメぶりです。


<オーディオ・アナライザを使う>

中古でも結構な値段がしますので必ずしもおすすめしませんが、あるととても便利です。たとえば、ミリボルト・メーター/電子電圧計やデジタル・マルチ・メーターでは測定できないような0.1mV以下の微小信号電圧が測定できたり、バランス出力の機材の測定ができたり、精密な周波数カウンタがついていたり(8903)します。しかし、必ずしも周波数特性がいいとは限らないのでかならずチェックしてください(Panasonic VPシリーズなら500kHzくらいまでの測定が可能です)。こんなものにお金を使っても家庭内で騒動が起きない場合に限って入手してください。


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