私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
測定器その7 (波形の観測)
<はじめに>

自作オーディオをはじめた人にとって、最も気になる測定機材の筆頭に挙げられるのがオシロスコープではないでしょうか。なんか、これがあるだけでいかにも測定している感じがしてわくわくします。しかし、オシロスコープを活用するには脇役が何人も必要です。波形観測するためには、その波形の源となるオーディオジェネレータやファンクションジェネレータが必要です。オシロスコープは信号波形は見えますが信号電圧を正確につかむことができませんので電子電圧計も必要になります。オシロスコープで最も廉価なモデルの帯域は20MHzくらいですが、この帯域性能を生かすためには、1MHzクラスのオーディオジェネレータではちょっと不足で、5MHz以上の帯域を持ったファンクションジェネレータが欲しくなります。

つまり、オシロスコープを使いこなすためにはいろいろな周辺機材が必要であり、総額がかなりのものにになるという覚悟がいります。


<波形観測の目的>

オーディオアンプの自作記事で登場する信号波形最も多いのが方形波だと思いますが、じつは波形観測にはそれ以外にも非常に多くの目的と方法があります。

目的方法
1.周波数特性の概要をつかむ 測定したい帯域の高調波成分を持った方形波を被測定アンプなどに入力し、その出力波形を観測・分析する。
2.発振の有無を調べる 被測定アンプの出力信号をオシロスコープで観測する。
きれいな正弦波の発振波形が観測されることもあれば、入力した信号に発振波形が乗っている場合もある。
3.雑音の正体を探る 被測定アンプから出力される雑音の波形をオシロスコープで観測する。
ハムであれば何Hzかわかるし、波形を見れば原因の見当をつけることができる。
電源回路そのものに含まれる雑音を観測・分析してその原因を探る。
4.歪みを分析する 回路方式によってさまざまなタイプの歪が生じるので、波形を観測・分析すること回路動作の状態を把握できる。
5.アンプの動作を最適化する 正弦波を使い、最大出力付近の波形のクリップの様子を観測する。
動作条件が最適化されていないと上下非対称にクリップする。
6.入出力信号波形の比較 2現象オシロスコープを使い、2つの入力端子に入力および出力信号を入力する。
位相が反転しているかどうか、増幅(減衰)の度合い、歪みの発生状況を把握する。
少し慣れてくると、位相の進遅の程度を正確に知ることができるようになるので、精密な位相補正が可能になる。
7.ステレオ信号の位相の状態を把握する 2現象オシロスコープをX-Yモードに設定し、2つの入力端子に左右各チャネルの信号を入力する。
レコーディングにおけるミキシングルームには必ず設置されている。
8.動作の異常を発見する その他、回路動作の異常が波形として現れることがある。


<オシロスコープ選び>

アナログ・オシロスコープ・・・

デジタル・オシロスコープ・・・


<1.周波数特性の概要をつかむ>

周波数特性を知る最も簡単かつ原始的な方法は、20Hz、30Hz、50Hz・・・1kHz・・・という風に複数の正弦波信号を被測定アンプに入力し、出力側につないだ電子電圧計のメモリを読み取ってグラフにプロットするという方法です。しかし、この方法は非常に手間がかかるのと、測定できる帯域に制限があります。オーディオジェネレータで作れる正弦波の周波数は10Hz〜1MHz(500kHz)の範囲ですので1MHzよりも高い周波数の測定はできません。より高性能なファンクションジェネレータを使えば10MHzくらいまで可能ですが、電子電圧計側が1MHz以上では精度が得られないという別の問題が生じます。周波数が高い領域での周波数特性の把握は難しいため、それを補う手段が必要です。それが方形波観測です。

方形波観測の誤解・・・周波数特性を測定したところ高い周波数にピークがあったとします。そして方形波を観測したらリンギングが生じました。これは同じことを意味しているのだということが案外理解されていません。高い周波数にピークがあるからその周波数で振動するリンギングが観測されるわけで、周波数特性のピークがなくなればリンギングも消えます。方形波でリングングが生じたということは、その振動周波数付近にピークがあるということでもあります。しかし、方形波観測では大雑把なことしかわかりませんので、問題が発見されたら手間がかかっても周波数特性を測定する必要があります。最初から非常に高い周波数まで精密に測定できているのであれば、方形波観測は不要ださえ言えます。

きれいな方形にこだわるな・・・出力される方形波がきれいに直角と直線で構成された方形になると気持ちが良いものですが、常にそのような方形でなければならないものではありません。アンプの周波数特性がDCから無限に高い周波数まで完全にフラットであれば、(理論的には)常にきれいな方形波が出力されることになりますが、オーディオアンプは必ずどこかで減衰をさせますから、常に完璧な方形になるわけではありません。そういうことを求めたからといって良い音のアンプにはなりません。

下図左端の黒線の波形は、正弦波(青色)に3次高調波と5次高調波(赤色)を足したものです。なんとなく方形波っぽい形になっていますね。下図中央は正弦波に3次、5次、7次、9次の4つを合成したもので、下図右端は23次までを合成しました。次数が高くなるほど方形波に近づいてゆきます。方形波は非常に多くに奇数次高調波の集合と考えることができます。つまり、方形波がひとつあれば非常に広帯域の周波数特性の状態のおおよそのところを一発で把握が可能なわけです。

100kHzくらいまではフラットなアンプでも、1MHzくらいから減衰がはじまっているような場合では、方形波の角がまるくなります(左下)。100kHzですでに減衰が始まっているようなケースでは左から2つめのようになります。方形波は必ずしも常にきれいな四角形にならなければならないわけではありません。1MHzあたりにピークが存在するアンプがあって、これに方形波を通すと1MHz近辺の成分が突出して波形に現れるという性質があります。これをオシロスコープで観測すると左から3つめのようになります。波形が出っ張ることをオーバーシュートと言い、振動する様子のことをリンギングといいいます。右端の波形はピークはないものの高域側の周波数特性が二段階で階段状に減衰しているケースです。

左下は100Hzの場合で、上が入力波形、下が出力波形です。100Hzでフラットであっても、より低い周波数で減衰がはじまるとこのように斜めになった波形になります。こういう波形を「サグ(sag)」といいます。波形が著しく変形しているように思えますが、これはごく自然な現象ですので、むしろ自然界においては完全な方形波の方が不自然なのであって何ら問題はありません。右下は、高域側の減衰の途中に小さなピークがあるケースで、出力トランスを使ったアンプではごく普通に生じる現象です。わずかにリンギングは生じていますがオーバーシュートにはなっていません。

オーディオアンプのチューニングでは、肩特性(=高域・低域両端の減衰しかかった部分)がどんな風になっているかがとても重要です。肩特性がなだらかであるか、いかり肩であるかといった要素は音の癖にインパクトがあるからです。試みに「バターワース」「ベッセル」のキーワードで検索してみてください。肩特性の違が方形波応答にどのように変化を与えるかがわかります。バターワース特性は周波数特性にピークはなくフラットなのに方形波観測ではオーバーシュートが出ます。

雑誌のオーディオアンプの製作記事を見ると、オーバーシュートやリンギングが観測されるとなんとかしてそれをなくそうとする、方形波応答はとにかくきれいでなければダメみたいな認識があるようで、「オーバーシュートやリンギング=悪」という図式が出来上がっている気がします。そうした単純思考から脱して、そもそも何のために方形波応答のチェックというものがあり、それはどんな意味があるのかについてもう少し原点に立ち戻って考えてみたらいかがでしょうか。必ずしも方形波がきれいな四角い形にならなければいけないわけではありません。

方形波を使うことで周波数特性がどんな風になっているかを瞬時に見当をつけることができます。これを見分けるためにはできるだけ多くの方形波形と周波数特性の状態を経験して学習する必要があります。そうすれば、方形波の形に過剰反応することもなくなります。


<2.発振の有無を調べる>

アンプに何も入力していないのに出力端子からなにか信号が出ているとしたら、それは盛大にノイズが出ているか、あるいは発振していると考えられます。そんな時、オシロスコープで観測してみて一定した波形がみつかったら、それが50/60Hzあるいは100/120Hzであればハムの可能性が高いですし、それ以外の周波数であるならば発振しているといっていいでしょう。

左の画像は12.161MHzで発振している様子です。デジタルテスターではもはや把握不可能な周波数で、増幅回路の直流電圧がオームの法則では説明できない変な値を示すという現象が起きています。右の画像は995Hzの正弦波を入力したところ、波形の一部にだけ発振波形が現れたケースです。


<3.雑音の正体を探る>

ハムが出た場合、その波形を調べると原因を特定しやすくなります。50/60Hzの商用電源の誘導が原因のハムの場合は比較的きれいな交流波形ですが、整流後のリプルが原因のハムの場合は三角波のような波形が現れますから識別可能です。


<4.歪みを分析する>

オシロスコープで波形の変形が読み取れるくらいであれば相当に歪んでいます。数%以下の歪みを目視で波形から読み取ることは困難です。


<5.飽和(クリップ)した波形を分析する>

オーディオアンプでは、最大出力付近で入出力特性が飽和し、波形がクリップします。正弦波の上下が平らに潰れてくる様子は目視で容易に観測できます。クリップが上下均等に生じない場合は、回路の動作が最適化されていない可能性があります。また、回路方式によっては上下が均等にクリップしていても、動作が最適化されていない場合もあります。このあたりの判断は十分な回路知識が必要です。


<6.入出力信号波形の比較>

2現象オシロスコープを使って、2つの入力端子に入力および出力信号を入力します。正弦波を使って入力信号と出力信号の山と谷を比較します。入力と出力で同じ形であれば位相は同じ(正相)ですし、山と谷が逆転していれば位相はひっくり返って(逆相)います。未知のトランスの1次側と2次側の位相関係はこれで容易に把握できます。

入力信号波形はきれいな正弦波なのに、出力信号波形が同じ形になっていなかったら、かなり大きな歪みを発生させているか、発振などの異常が生じていることがわかります。

1kHzくらいの周波数では正相なのに、高い周波数で正弦波の山の場所が左右どちらかにずれている場合は、位相の進遅が生じています。正相が0°、逆相が180°ですので、定規を当ててずれ具合を求めれば位相の進み(遅れ)具合をかなり正確に把握できます。これが把握できると、自力で位相補正ができるようになります。詳しい解説と実例は拙著「真空管アンプの素」(技術評論社)にあります。


<7.ステレオ信号の位相の状態を把握する>


<8.アナログテープデッキのアジマス調整>


<9.測定上の注意>

測定系のアースが原因で波形が乱れる・・・測定系のアースの引き回しなどが原因で波形が乱れることが多いので注意してください。方形波観測にリンギングが出た場合でも、必ずしも被測定機材でリンギングが生じたとは限らず、測定系の引き回しが原因であることが結構あります。機材を入手されたら、試しにファンクションジェネレータとオシロスコープとを単純につないで観測してみてください。つなぐ線を長くしただけで容易に波形が乱れることに気づくでしょう。

オーディオジェネレータの性能にご注意・・・アンプ側で高い周波数でピークが生じているのに方形波観測でオーバーシュートなど一切出ず、きれいな方形波が観測されてしまうことがあります。LeaderやKenwoodから出ている1MHzくらいまでのオーディオジェネレータが作る方形波には、MHz帯の高い周波数の高調波は含まれていません。半導体アンプやOPアンプを使った場合、10MHz以上の帯域にピークができることがよくありますが、このようなオーディオジェネレータで生成した方形波ではピークを発見できないのです。

下の画像はあるOPアンプを使ったアンプの測定をしているところで、左側が1MHzクラスのオーディオジェネレータを使った場合で、右側は15MHzクラスのファンクションジェネレータを使った場合の波形です。左側の結果をみると「きれいで素直な方形波」と判断しますが、右側で見ると安定してはいるものの減衰特性に癖があることがわかります。

下の画像はあるトランジスタアンプの測定をしているところで、左側が1MHzクラスのオーディオジェネレータを使った場合で、右側は15MHzクラスのファンクションジェネレータを使った場合の波形です。左側の結果をみると「ちょっとオーバーシュートがでているな」くらいの印象ですが、右側で見るととんでもないことになっていることがわかります。

上記の2つのケースでは、1MHzクラスのオーディオジェネレータを使った方形波観測では、数MHzかそれ以上の帯域での現象が見えなくなっています。

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