私のアンプ設計マニュアル / 自作オーディオ心得 誰でも簡単に作れる・・・は、ウソ |
<つい言ってしまう危険なひとこと>「アンプを作ってみたいんですが、初心者でも作れるものなんでしょうか?」という問いに対して「もちろんできますとも。ただ、最初はキットがいいでしょうね。慣れてきたらもうすこし勉強してご自分で設計もできるようにもなりますよ」と答える方は多いと思います。この会話には、誰でも自作オーディオができる、という前提があります。しかし、現実はそうではありません。キットを買って手をつけたものの、完成に至らずにそのまま押入れの肥やしになっている人がいます。拙著「情熱の真空管アンプ」をご購入いただいた方の「この本は私には難しすぎました」というレビューも存在します。ある大テレビ局のかなりの立場の方からも「これは難しすぎる」とメールをいただいたこともあります。
「誰でも作れる」と言う言葉は、自作できている「自分を基準にして言っている」のであって、未知の「相手の基準で言っているわけではない」のです。
<能力の問題が存在する>
私は小学校の頃から図工と音楽の成績は抜群でしたが、体育はなさけないくらい駄目でしたので、とにかく体育の授業は地獄以外のなにものでもありませんでした。何しろ僕は蹴上がりはおろか逆上がりもできませんし、野球でバットを持たせたら100%確実に三振します。私は体育の授業が大嫌いでした。ところが、体育が得意な連中にいわせると、音楽の授業くらいつらいものはないというのです。音楽の授業で、先生がピアノで4小節の簡単な旋律を弾きこれを音符に書いて先生のところまで持っていく、という課題がありました。私はこれが大好きでいつも一番に書き上げて提出し間違いなどありませんでしたが、ほとんど永久にできずにこの授業が地獄の苦しみであった生徒がたくさんいたことには気づいていませんでした。私の友人のK氏は、環境問題の専門家で本まで出しているのですが、自宅のブレーカを扱うことができませんし、買ってきたテレビの接続が全くできません。いわゆる電気音痴です。ネジを締めさせると見ていてはらはらするくらいぎこちないので不器用という点でも相当なもんです。しかし、学生時代は走っても泳いでも東京都のベスト8にはいってましたし、有名大学を首席で卒業していますから人の能力というのは全く不思議なものだと思います。逆に「全く初心者なんですがチャレンジしたい」とおっしゃって自作されたケースで、完成品を拝見したらこんな素晴らしい作品だった、なんていうこともありました。
おそらく、アンプを自作しようとする方の多くは、自分は工作は決して下手ではないという自覚や自信があり、それなりに努力すればオーディオアンプも作れるだろう、という見込みあっての着手をされていると思います。そういう方は、すでに木工の道具や、料理用の専門的な器具などをお持ちで、オーディオ以外の何かを作った経験を持っていらっしゃいます。
一方、手先が不器用でモノを作るのが苦手だったり電気のことがさっぱりな方は、そういう自覚があるので「オーディオの自作などとんでもない」と言って決して近寄ったりはしないのが普通です。
世の中は、通常はそういう風にしてうまい具合に能力に応じた棲み分けが起きているのですが、時々、その領域を越えてしまう事件が起きるようです。そのようなケースでは、目も当てられない結果が待っているのが普通です。どんなことでも、誰でも努力すればできる、というのは夢の見すぎです。私にとって正しい音程と正しいリズムで歌うことが、どんなに練習努力してもダメなのと同じです。
<学習量の多さを克服しなければならない>
かりにオーディオを自作する基礎的な能力があったとしても、そう簡単に実現するわけではありません。私の場合も、最初から今のような自分なりに納得できる音のアンプが設計できたわけではありません。この程度のところまでくるのに30年以上かかっています。以下の文章は拙著「真空管アンプの素」のはじめにの部分からの引用です。
自分の過去を振り返ってみると、回路のしくみなどよくわからないまま雑誌の記事をそのまま真似て作るということを何年も繰り返しているうちに、徐々に部品の使い方や回路のしくみがわかってきたのであって、一朝一夕に全体を理解したわけではありませんでした。しかも、長い間勘違いをして誤った知識のままでいるということがすくなからずありました。それを一冊の本を手元に置くことで真空管アンプのしくみがある程度わかって、実際に製作することができ、さらに若干の応用もできるようにしようなどというのが本来無茶なことなのかもしれません。これは脅しでもなんでもなくて、客観的な事実です。オーディオアンプを自由にデザインしたり作ったりできるようになるためにはさまざまな知識やスキル、設備が必要です。
(1)オームの法則や熱力学など物理の基礎知識、電子回路に関する一般知識。
(2)オーディオ回路特有の知識と設計スキル。
(3)電子部品の構造や選び方、使い方などの実装技術。
(4)パネルやシャーシの穴あけなどの金属加工技術。
(5)配線技術、ハンダづけの技術。
(6)部品調達のルート。
(7)工具、測定器と作業スペース。
(8)ものづくりの段取りや手順のセンス、手先の器用さ。
(9)デザイン・センス、音のセンス。
(10)お金と時間、そして興味とやる気。
(11)人に頼らず、一から自分で調べ学習する姿勢。安易に質問しない態度。いくら興味やお金や時間があっても学習と訓練をしなければ満足できるオーディオアンプは作れません。失敗が続くうちにやる気が放棄に変わってしまうかもしれません。過去に学校の授業をさぼった方は、今になってあの時のつけを払うことになります。手先が不器用な方は訓練をする必要があります。ハンダづけは訓練でどんどん上手になりますからしっかり練習してください。
オーディオの自作をされるのであれば、上記の内容をよく理解して覚悟を決めてください。
ベテラン諸氏は、覚悟を決めて努力されている方には支援を惜しみませんが、甘い軽い考えでやっている方にはやんわりとですが叱責が飛んでくるでしょう。<学習量の多さを克服しなければならない(つづき)>
というわけで、上記の11項目についてもう少し考察してみます。(1)オームの法則や熱力学など物理の基礎知識、電子回路に関する一般知識。
→「私のアンプ設計マニュアル」にできるだけ多くの解説を載せていますが、これをよく読んで学習する方もいれば、ほとんど読もうとしない方もい多いという現実があります。読み始めたとしても、頭痛を起こして断念される方もすくなからずいます。(2)オーディオ回路特有の知識と設計スキル。
→これを習得するには相当の時間がかかります。製作記事を読んだくらいでは習得できません。日頃からさまざまな書籍や記事、文献を読んで学習する必要があり、さらに何度も自作して失敗経験を重ねることでようやく手に入れることができます。(3)電子部品の構造や選び方、使い方などの実装技術。
→製作記事である程度のガイドを書きましたが十分ではありません。実物を手に取り、自分でやってみて失敗しながら学習する必要があります。このスイッチは中でどうつながっているんだろうと思ったら、テスターで導通を調べてください。ボリュームへの配線は誰もが必ず通らなければならない鬼門ですから、答えだけを求めずに抵抗値を測定しながらノブを回転させて何が起こるか実体してください。(4)パネルやシャーシの穴あけなどの金属加工技術。
→金属加工はそれだけで職人技の世界がある奥深いものです。Youtubeにある多くの動画が参考になります。簡単に一発で穴あけできると思ったらそれは間違いです。きれいに高精度に仕上げたかったら、やすりを使った地道な作業も覚悟してください。(5)配線技術、ハンダづけの技術。
→これを甘く見る人が非常に多いです。ハンダづけはかなりの熟練を要しますから、素人がいきなりハンダごてを手にして製作すればトラブルが出るのは当たり前。当サイトの掲示板で相談されるトラブルの90%以上が、結局は単なるハンダ不良や配線ミスであったという事実がこのことを証明しています。(6)部品調達のルート。
→秋葉原から遠い方にとっての大きな壁です。都内在住であっても部品知識が浅い方にとっても大きな壁です。製作記事があり、製作事例が多いものについては部品の頒布があるので、これは役に立っているようです。(7)工具、測定器と作業スペース。
→初心者は十分な加工機材がなく、ベテランほど良い加工機材を持っているので格差が生じます。測定器はどれも高価ですから持っているかどうかで格差が生じます。しかし、頭を使ってあるもので工夫すればかなりのことができるようになります。(8)ものづくりの段取りや手順のセンス、手先の器用さ。
→個人差が著しいです。ある程度は経験と熟練でカバーできますが、すべての人が可能なわけではありません。(9)デザイン・センス、音のセンス。
→これも個人差が著しいです。(10)お金と時間、そして興味とやる気。
→大切な要素ですが、これだけあってもダメなのです。ひとつ言えることは、製作では決して急がないこと、時間をかけて丁寧に作業を進めることです。ものごとを急ぐとミスが増え、品質が低下するからです。初心者ほどものごとを急ぐ傾向があります。(11)人に頼らず、一から自分で調べ学習する姿勢。安易に質問しない態度。
→個人差が著しく、しかも安直な人が過半数を占めます。<自作に向く人、向かない人>
自作に向く人・・・自分で考えようとする人。学習を厭わない人。本を読んだり、調べたり、学習することが楽しい人。遠回りができる人。正解がない問題を面白いと思う人。失敗やミスを学習・成長の一環だと思っている人。プロセスを楽しむ人。自作はあきらめた方がいい人・・・自分で考えることをしない人。誰かが優しく教えてくれることを期待している人。わからないことは聞けばいと思っている人。ネットに答えが書いていると思っている人。近道をしたがる人。正解がない問題が苦手な人。失敗をするのはダメな奴だと思っている人、自分は失敗やミスをしないと思っている人。結果を要求する人。
<自分の能力を知る>
私は、音楽がことのほか好きですので、学生時代にはさまざまな楽器に手をだしました。しかし、実ったものはありませんでした。私が歌ったり楽器を演奏すると、自分自身が納得できる演奏ができないだけでなく、それを聞かされる周囲の人々に大変な迷惑がかかるのです。どうやら私は演奏が相当に下手らしいのです。そしてかなりの年齢になったある時、ようやく自分と言うものを理解し受け容れたわけです。以来、音楽の舞台裏に徹するという自分に適した方法で好きな音楽と関わり続けるようになりました。大切なのは、自分の能力を知ることだと思います。苦労しなくてもできてしまうのは何か、もっと伸びるのはどこか、そろそろ限界なのはどこか、努力しても程度が知れているのは何か、それがわからずにいるとなかなか自由な人にはなれないと思います。
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