私のアンプ設計マニュアル / 半導体技術編
トランジスタ増幅回路その18(SEPP回路)

<SEPP回路とは>

トランジスタ式ミニワッターPart2の回路を材料にして解説します。

本機の回路は、前半の2段増幅回路と後半のSEPP回路の2つに分けて考えるとわかりやすいです。、前半の2段増幅回路の役割は、十分な負帰還をかけられるだけの利得を稼ぐことと、回路全体のDC安定の仕組みを構成することにあります。後半のSEPP回路の役割は、4〜8Ωのスピーカーを駆動するためのインピーダンス変換、すなわち十分な電流出力を得ることにあります。

SEPPとは、「Single Ended Push-Pull」の略です。プッシュプル回路の原点は出力トランスを使った真空管式のプッシュプル回路ですが、この回路は2つの出力管の2つのプレートの間から出力を取り出すことから「Double Ended」と呼びます。SEPP回路はプッシュプル回路でありながら、1つの出力の出口しかないため「Single Ended」と呼ばれるわけです。

トランジスタ式のSEPP回路は、エミッタフォロワ回路のプッシュプル版です。プッシュプルでない普通のエミッタフォロワ回路では、トランジスタに常時コレクタ電流を流しておき、コレクタ電流を増減させることによってその差分を出力として取り出します。そのため大きな出力電流を取り出したい時は非常に大きなコレクタ電流を流しっぱなしにしなければならない、本来の負荷(負荷2)だけでなく負荷1も電力を消費するために電力効率が非常に悪くスピーカーの駆動には適さないという致命的な欠点があります。

しかし、プッシュプル構造にすると常時流す電流を限りなく少なくできる、それなのに無理なく無駄なく大電流を取り出せるという回路に変貌します。

SEPP回路では、スピーカーなどの負荷を駆動する時に、オーディオ信号のプラスのサイクルでは上側のトランジスタが電流を供給し、マイナスのサイクルでは下側のトランジスタが電流を吸い込みます。得られる最大電流はほぼトランジスタの電流能力で決定されるため、電流容量が大きなトランジスタを使えば無理なく大出力が得られる優れた回路です。

日本においてSEPP回路が普及したのは1970年頃のことで、この回路が登場したことでそれまで普及していた真空管式のさまざまなオーディオアンプをあっという間に駆逐してしまいました。真空管式のアンプは、普及機では10W〜15Wを得るのが限界であること、出力トランスが必要で発熱が大きくしかもコスト高でした。これに対してSEPP回路を使ったトランジスタアンプは、無理なく20W以上の大出力が得られる、出力トランスが不要で発熱が少なくきわめて廉価に製造できたのです。さらに、当時の真空管アンプよりも格段に広帯域であり、特に超低域再生能力が優れていたということも普及した理由に加わります。


<出力段の設計>

まず、8Ω負荷時に1W出すためには電源電圧はどれくらい必要か計算してみましょう。

この回路はスピーカーを直接駆動するため、スピーカーを駆動するオーディオ信号の最大振幅は電源電圧から回路で生じる電圧ロスを引いた値で決定されます。たとえば、正弦波で1W時の信号電圧は実効値で2.83V、ピーク値で±4Vですから、ピーク〜ピーク値で8Vですね。回路で生じる電圧ロスが3Vくらいあったとすると、電源電圧は11V以上でなければなりません。

8Ω負荷で1Wの出力を得たとすると信号電圧は2.83Vとなり、8Ωの負荷を流れる信号電流の実効値は0.35A、ピーク値はその√2倍ですから0.5Aとなります。4Ω負荷で1.5Wの最大出力を得たとすると信号電圧は2.45Vとなり、信号電流の実効値は0.61A、ピーク値はその√2倍ですから0.87Aとなります。

トランジスタ式のSEPP回路では、出力段の温度的安定を確保し熱暴走を防ぐために、エミッタ側に抵抗を入れ、ベース側にバイアス兼温度補償回路を入れるのがセオリーです。エミッタ抵抗は一般的に0.47Ωが選ばれることが多く、大出力アンプでは0.22Ω〜0.33Ωが選ばれます。エミッタ抵抗はパワーのロスを生むので出力を稼ぎたかったら小さい値の方が有利ですが、値を小さくしすぎると熱的安定が維持できなくなって熱暴走を引き起こします。その境界点が0.47Ωなのです。ミニワッターではパワーを欲張らないというのがコンセプトですので、安全を見込んで大きめの0.68Ωとしています。

これらのデータをもとにして最大出力付近における電圧ロスを計算してみます。考え方としては、電源電圧を概ね上下二分して、プラス側の半サイクルとマイナス側の半サイクルに分けて求めます(下図)。

まずプラス側の半サイクルで生じる電圧ロスです。電源電圧が約12Vだとして、SEPP回路の出力のところはアイドリング時は6Vになっています。8Ω負荷に対して1Wの出力を出している時、スピーカーの両端にはピーク時に4Vをかけるためには、6Vが10Vに変移しなければなりません。その時、スピーカーに供給される電流は0.5Aなわけですが、この電流は上側のトランジスタが供給します。その時、0.5Aの電流はエミッタ抵抗(0.68Ω)を流れますのでここで0.34Vのロスが生じます。上側トランジスタに0.5Aのコレクタ電流が流れた時、ベース〜エミッタ間電圧は0.7Vくらいですのでこれも電圧ロスとして考えなければなりません。上側トランジスタに0.5Aのコレクタ電流を流すためにはベース電流を流す必要がありますが、その値はコレクタ電流の1/hFEです。hFEが150だとするとベース電流は3.3mAほどになります。この3.3mAは2段目のコレクタ負荷抵抗(180Ω)を流れますので、そこでも0.59Vのロスが生じます。

これらを全部足したものがプラス側の半サイクルにおける電圧ロスです。

今度はマイナス側の半サイクルで生じる電圧ロスです。マイナス側の考え方はプラス側と基本的に同じですが、2段目の回路が上下対称ではない点が少し異なります。0.68Ωのエミッタ抵抗で生じるロスは0.34Vで同じです。ベース〜エミッタ間電圧が0.69Vと上側よりも0.1Vだけ低いのには訳があります。シリコンバイポーラトランジスタのベース〜エミッタ間電圧は2SAすなわちPNPタイプと2SCすなわちNPNタイプとでは0.1Vほど違いがあり、PNPタイプの方が低いのです。

2段目トランジスタのコレクタ〜エミッタ間のところに0.5Vと書き込んでありますが、これはコレクタ〜エミッタ間飽和電圧といいます。トランジスタはコレクタ〜エミッタ間に十分な電圧の余裕がないと増幅作用をしてくれません。2SC4408が大電流でも余裕をもって動作するためには2V以上のコレクタ〜エミッタ間が必要です。コレクタ〜エミッタ間にかかる電圧に余裕がなくなるとhFEがどんどん低下してきます。一般にhFEが10あるいは20に下がってしまう電圧のことをコレクタ〜エミッタ間飽和電圧と呼び、データシートに記載されています。2SC4408のhFEが20まで落ちてしまうコレクタ〜エミッタ間飽和電圧は、コレクタ電流=1Aの時で0.2V、コレクタ電流=0.06Aの時で0.03Vです。この時のhFEは20しかありませんので、もっと高い値を維持したければ0.5Vくらいは必要です。

2段目のエミッタには2.2Ωが入れてありますので、ここで生じる電圧ロスも計算しておきます。

これらを全部足したものがマイナス側の半サイクルにおける電圧ロスです。

これまでの計算によると、プラス側の半サイクルのために必要な電源電圧が5.63V、マイナス側の半サイクルのために必要な電源電圧が5.66Vとなりましたので、電源電圧は、

となります。実際に製作した本機(Part2)の電源電圧はアイドリング時で12V、最大出力時で11.8Vですので計算上は8Ω負荷で1Wを出せるだろうということになります。また、SEPP回路の上側と下側の電圧配分はほぼ半々でよいこともわかります。実際には1W時の歪率は0.26%、1.3W時の歪率は1%となりましたので計算どおりの結果となりました。

2.83Vの実効出力電圧を得るのに必要な電源電圧は、すべての増幅回路が理想条件であったとした場合の理論値は、2.82V×2.83=8Vです。現実の電源電圧は11.29Vですからその比率は11.29V÷2.83V=約4倍です。SEPP回路では、必要な実効出力電圧の4倍の電源電圧があれば足りると覚えておくとよいでしょう。


<出力段のバイアス回路の設計>

SEPP回路では、出力段トランジスタがスピーカーをドライブする時、プラスのサイクルでは上側の2SC4881が仕事をして電流を送り込み、マイナスのサイクルでは下側の2SA1931が仕事をして電流を吸い込みます。一方のトランジスタがONの時、反対側のトランジスタはOFFになるわけです。このような動作モードをB級と言い、B級アンプでは理屈の上では無信号時には両トランジスタには電流は流れません。しかし、現実の回路ではプラスのサイクルとマイナスのサイクルの変わり目でクロスオーバー歪が発生するので、これを回避するために一定量のアイドリング電流を流します。電力効率を高めるにはこのアイドリング電流を限りなく少なくしますが、アイドリング電流をたっぷり流して上下いずれのトランジスタも常にONの状態を維持する動作をA級といいます。その中間がAB級です。

トランジスタ式ミニワッターPart2は、60〜70mAのアイドリング電流を流すAB級動作です。A級、AB級、B 級いずれの場合も厳密に調整したバイアス電圧を出力トランジスタのベース〜エミッタ間に与えます。SEPP-OTL回路では、2SC4881と2SA1931の両ベース間にバイアス電圧を与えますので、バイアス電圧は2個分のベース〜エミッタ間電圧相当が必要です。

ところで、トランジスタのコレクタ電流はベース〜エミッタ間にかかる電圧によって著しく変化します。その変化の度合いは、ベース〜エミッタ間電圧が0.06V変化するごとにコレクタ電流は約10倍も変化します。そのため、両ベース間にかける電圧はかなり精密な制御が要求され、しかも安定した一定の電圧でなければなりません。

バイポーラトランジスタのベース〜エミッタ間電圧は温度によってかなり変化し、この電圧は温度が1℃高くなるごとに1.6〜2mV低くなります。ベース〜エミッタ間電圧が低くなったのに与えるバイアス電圧が一定のままだとアイドリング電流が増加してしまいます。アイドリング電流が増加するとトランジスタの温度が上昇するのでベース〜エミッタ間電圧はさらに低くなり、アイドリング電流が増加、温度はさらに上昇・・・ということを繰り返して出力トランジスタが熱暴走してしまいます。

熱暴走を防ぐ方法は2つあります。1つめはエミッタに入れる抵抗値を大きくすることですが、この抵抗値を大きくすると最大出力がダウンしてしまうので大きくするにも限界があります。一般的には0.47Ωが選ばれることが多く、大出力アンプでは0.22〜0.33Ωのこともあります。トランジスタ式ミニワッターの0.68Ωという値は大きい方になります。

2つめは、出力トランジスタの温度上昇と連動して与えるバイアス電圧を下げてやる方式・・・温度補償という・・・です。SEPP回路のバイアス兼温度補償回路としてシリコンダイオードを2本直列にしたものを使いました。シリコンダイオードの順電圧は、トランジスタのベース〜エミッタ間電圧とほとんど同じ電圧、同じ温度特性を持っているため、出力段に適切なベースバイアスを与え、かつ出力段の熱暴走を防ぐためによく使われます。これが最も回路としてシンプルかつ廉価です。

なお、ここで使用するダイオードの順電圧と2個の出力段トランジスタのベース〜エミッタ間電圧が奇跡的にフィットしていないと、アイドリング電流が多すぎたり少なすぎたりします。このバイアス方式では、シリコンダイオードを2個直列にして得た電圧と、出力段の2個のトランジスタのベース〜エミッタ間電圧の相性が重要です。入手容易なシリコンダイオードの順電圧を実測してみると、以下のようになりました。

さまざまな組み合わせで実験を繰り返したところ、UF2010と2SA1931/2SC4881の相性が最も良かったのでこの組み合わせとしました。0.01V以下のオーダーの追い込みをしなければならないので、半導体メーカー発表の大雑把なpdfデータは使えません。

ミニワッターPart2では、バイアスを与える2個のダイオードを耐熱エポキシ系ボンドで出力段トランジスタに貼り付けることでほぼ理想的な熱結合を得ています。


トランジスタを使ったバイアス回路その1

ダイオードは調整ができませんが、トランジスタを使うと微調整ができるバイアス回路が作れます。

右図の回路は最もよく使われる、ベース〜エミッタ間電圧を利用したバイアス回路です。hFE=200の2SC2236に30mAのコレクタ電流を流すと、ベース〜エミッタ間電圧は0.66Vになりました。ベース電流は0.15mAです。ベース電流が変化しても影響がないように少し多めの2mAほどブリーダー電流を流しておきます。後はX〜Y間が希望するバイアス電圧になるように、300Ω側の抵抗値を調整します。ブリーダー電流が多いので、ドライバ段のコレクタ電流が2mA以下の領域ではバイアス電圧を維持できずに0Vになります。

通常は、半固定抵抗を使って、アイドリング電流を測定しながら調整を行います。上下どちら側を半固定抵抗にするかですが、下側をお勧めします。もし半固定抵抗にトラブルが生じて接触面がオープンになった時のことを考えると、上側がオープンになったら恐ろしいことになるからです。出力段のトランジスタに大電流が流れて破壊します。

この回路で使用するトランジスタは、hFEが高い方がブリーダー電流を減らせます。流す電流が多い場合は、VCE-satが低いトランジスタが必要です。


トランジスタを使ったバイアス回路その2

右図は、50年くらい前に私が設計したSEPP-OTLアンプです。赤枠で囲んだ部分がバイアス回路です。トランジスタ1個のバイアス回路に比べてバイアス電圧の安定度が高いのが特徴です。

左側のトランジスタのベース〜エミッタ間電圧(0.6V)が基準となっています。右側のトランジスタはもっぱら電流を受け持って左側のトランジスタを助けています。ブリーダー電流が非常に少ないのが特徴で0.15mAで動作します。動作電流が変化してもバイアス電圧が一定値を保ちます。

代替記事

こちらの記事の中半に若干の解説がありますので参考にしてください。
出版されなかった原稿〜入手可能部品で作る ヘッドホン・バッファ

工事中止

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