私のアンプ設計マニュアル / 雑学編 10.低域対策 |
考え方:
周波数特性のレスポンスが、50Hzまでフラットなメインアンプと、10Hzまでフラットなメインアンプとを比較した時、100Hzでの波形や歪み率に大きな違いを発見したことがあります。たとえ周波数特性のレスポンスがフラットであっても、伝送特性は相当に劣化しているという問題です。100Hzで十分低歪みできれいな波形で伝送するためには、最低でも20Hzまではフラットでなければならないことがわかり、以来、アンプを設計する際には、できる限り広い低域特性が得られるようにこころがけるようになりました。
出力トランスの問題:
トランスで電力を伝送しようとすると、低域特性の壁に当たります。トランスの周波数ごとの歪み率特性を測定したデータはメーカーからは発表されることはありませんし、そのようなデータを掲載したサイトも(まだ)見たことがありません。しかし、トランスというやつは結構厄介な部品でして、シングル用出力トランスの場合、余程に大型で高価なものであっても、数百Hz以下の帯域では相当に歪み率特性は劣化しています。実際に測定されたら「あっ」と驚くようなデータが得られるでしょう。簡単に言うと、1kHz以下では周波数が低くなるにつれて歪がほとんど一直線に悪化してゆきます。ところが、周波数特性を測定すると歪み率の悪化など知らぬ顔をしてレスポンスは低下していません。オーディオアンプの歪み率測定では、100Hz、1kHz、10kHzの3ポイント測定が一般的ですが、ほとんど全てのシングル・アンプで100Hzだけが劣化している様子が観察できます。100Hzではなんとか体裁を保っていても、30Hzでは歪みは数倍に増加しているのが普通です。周波数特性が-3dBほども低下するポイントではもはや波形は原型をなしていないことが多いのです。
トランスは、その基本的性質としてソース側の内部抵抗が高いほど低域の歪みは増加します。周波数特性はフラットでも歪み率はかなり高い周波数から劣化します。5極管やビーム管を使ってどんなに負帰還をかけて工夫してみても、内部抵抗が低い2A3や300Bの音にならないのは、出力トランスのところで波形が崩れて出力トランスの実力を発揮できていないからです。EL34を3極管接続にすると内部抵抗が1kΩまで下がりますから、2A3に見劣りしない音が聞けます。トランスのところで歪んでしまうと負帰還の力が及びません。負帰還は、非線形の歪みには無力だからです。
ということは、出力トランスを使ったアンプで周波数特性を見る場合は、-3dBポイントではなく、出力管の内部抵抗に応じてその3〜10倍くらい高い周波数あたりで評価したほうがいいでしょう。
出力トランスについてもう一つの問題は磁気飽和です。出力0.1Wの時に10Hzで磁気飽和を起こすトランスは、1Wでは32Hz、10Wでは100Hzが再生限界で、それ以下の周波数では波形が崩壊してしまって音になりません。こちらも負帰還は全く無力です。公称値が40Hzで20Wの出力トランスは、20Hzでは5Wしか出ません。
低域時定数:
低域特性を良好なものにするためには、単に低域時定数(μs)を大きくすればいいかというと、なかなかそうは問屋が卸してくれません。そうするためには、電源が超低域まで安定していなければなりませんし、各段の時定数が近接していると、負帰還をかけていなくてもアンプ全体の低域安定度が低下してしまいます。。
低域側のスタガリングのポイントは高域側と同じで、回路の時定数を出力トランスの帯域の外側にセットします。シングル・アンプの場合は、0.5Hz〜5Hzぐらい、低域特性が良いプッシュプル・アンプでは0.1Hz〜1Hzくらいでしょうか。但し、直結回路を使って出力トランス以外の時定数が1個以下の場合は、発振リスクが非常に低いので時定数の自由度は高くなります。
いちばん安全確実な方法は、初段+出力段だけの2段構成とすることです。低域時定数が初段と出力段間で1つ、もう1つはOPTで合計2つだけになるので、位相回転が最大でも180度未満となって申し分のない安定度が得られます。第2の方法は、2段の電圧増幅を直結として段間コンデンサをなくする方法です。本ホームページの「6B4Gシングル」や「6G-A4シングルその2」がこの構成となっています。2段目のカソードにコンデンサがはいっていますが、ここでの位相は90度近くまでは回転しないままやがて直流に近くなるにつれて0度に戻ってしまうので、思ったほどには悪影響が出にくいのです。
低域はカットするか、しないか:
今から30年くらい前に家にあったSEA付きのビクター製のステレオ・セットの回路図を調べてみると、メイン・アンプの入力に0.22μF+47kΩ(つまり15Hzの-6dB/oct)の簡単なハイ・パス・フィルターが付いています。当時は、30Hz以下をカットするのがあたりまえでした。20Hz以下は人間の耳には聞こえないだけでなく、かえって害があるケースも多いのでカットした方が賢明だと考えられていました。しかし、本章の冒頭でも述べたように20Hz以下をあっさりカットしてしまうことによって、失われるものも非常に多いのだということも事実です。現代のスピーカーの多くは、その口径がちいさなものであってもかなり低い帯域まで伝送してくれます。私が、Rogers LS3/5Aというきわめて小型のスピーカを使用しているにもかかわらず、製作するアンプの帯域特性の広さにこだわるのは、LS3/5Aでもこの違いが明確に確認できるからです。従って、無闇に「低域をカットするような設計はしない」というのが私の結論です。
と書きましたが、最近(2010年)は考え方を改めつつあります。失うものはあっても、やはり切るものは切ってしまった方がいい、というケースも少なくないというじょとです。ケースバイケースです。
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