私のアンプ設計マニュアル / 雑学編 7.真空管 |
真空管集め:
なにがうれしくて真空管アンプなど作るのかというと、やはり、真空管を眺めたりなでくりまわしたいからではないでしょうか。誰かが言っていましたが「いとしいものは、見ていたい、さわりたい、なでくりまわしたい、手に入れたい」のだとか。洋の東西を問わず、時代を超えた普遍的な真理とでもいうべきでしょうか。たとえば、Sylvania製6F6GTを持っていて、いつか6F6を使ったオルソン・アンプでも作ろうとあれこれ考えていたとします。秋葉原を歩いていて、ふと、NEC製(これは珍しい!)の6F6GTのお手頃な値段のが目に止まったとします。だいたい、秋葉原をうろつくこと自体動機が不純?に決まっているわけで、この6F6GTを買い込んでも不思議ではなく、事実、私はそうしてしまいました。翌々月、またもや私は明確な目的があるわけでもなく秋葉原に出現します。そして、今度はElevam製のCZ-504Dを見つけます。これは6F6をベースに日本電気が電電公社向けに開発したUZ管です。こんなものは滅多にお目にかかれませんから、3本という中途半端な数にもかかわらず迷わず全部購入します。某ビルの3Fの床上の陳列に、6V6のプレートを代用した妙な6F6GTを発見します。う〜ん、と唸ったものの、手は財布を開いています。いかん、いかん。ある日、Zaerixブランドで旧ソ連製の禿げ頭の6F6GTを発見、やっぱり手が出ます。やがてKEN-RADブランドのメタル管6F6も買い込みます。もうこうなったら、なんでも来いっ、という気分です。このページを開いているあなた、私と同じ沼にはまってはいませんか?
重要なポイントは、もしあなたが妻帯しているような場合、奥さんの精神衛生を考えると真空管の正しい相場を知られてはならないということです。真空管の値段を聞かれたら「ごめんね、道楽で高い買い物してしまって。この2A3は4本で4,000円もするんだ。でも、300Bなんか1本6,000円以上もするからとても買えないよ。」と本当の金額の1/10に誤魔化して説明しなければなりません。それでも「そんな高いもの買い込んで・・・」とあきれられるだろうと思います。ああ「PX4」1本に30,000円(安かったー)も使ったなんてとても言えない。正しい価値は、リストにして遺言状に添付しておきましょう。これは真空管を買い集める者のエチケットです。
ペアチューブ:
ペアチューブは、真空管が消耗品であった頃に、プッシュプル・アンプの出力管のバイアス調整を行わずに(つまり無調整で)球の差し替えメンテナンスを行うためにメーカー側で出荷前に測定してあるプレート電流が揃うものを箱詰めして出荷したのがはじまりです。よく使われるお決まりの動作条件において、同じプレート電圧、同じバイアスを与えた時のプレート電流値が近いだけ、というくらいのものなのでさまざまな顔を見せる球の特性のすみずみまで揃っているというものではありません。ペアチューブにしたから音がいいとか、別格の音になるとか、そういうものでは決してありません。身長と体重で厳密によく揃った二人を選んでペアにしてみたら、1人はせっかちで短気、もう1人はのろまで強情、ペアにしたらたちまち喧嘩になったなんていうのと似ているかもしれません。少々極端なたとえかもしれませんが、ペアチューブとはそんな程度のものです。ある一つの測定値をもってペアとするのですから無理もありません。でも、この二人は同じサイズのベッド、同じサイズの棺桶にちゃんとフィットするわけです。
真空管は消耗品でして、その特性は経年変化します。その変化のスピードは一定ではありません。初期の段階でいくら特性を揃えてみても時間とともに揃ったものではなくなってゆきます。12AX7など1つのガラス管に2つのユニットを封入した複合管の場合は、その2ユニットの特性にばらつきがあっても互いに相手を交換できません。あるものを使って所定の性能を出さなければならないのです。そのため、電子回路の設計では部品の特性にばらつきがあったり、特性変化が生じたとしても、そのばらつきや変化を表面化させせないような技術がたくさんあります。
かりに、ばらつきや特性変化がそのまま特性に影響を与えたとしても、現実的にみてそれに気づくのは難しいでしょう。もし「激変」だとか「全然違う」と主張する人が現れたら、詐欺師だと思うのが正解です。唯一、気づく可能性があるものに「利得」があります。左右で11%(1dB)の利得差があるとちょっと敏感な人は気づきます。しかし、負帰還は部品のばらつきによる利得差問題を解消する効果がありますから、普通のアンプでは利得差はかなり解消されているのが普通です。出力管のばらつきによって最大出力は±10%くらいは差が生じます。しかし、最大出力が10Wの時と9Wに低下した時の違いを耳で気づくことはほとんど無理ですので現実としては表面化しません。ある出力の時の歪率が0.1%のアンプと0.15%のアンプの違いを耳で認識することもできません。高域特性が50kHzで-3dB低下するアンプと60kHzで-3dB低下するアンプの違いも耳で認識することはできません。
みなさんが苦心して手に入れたベストマッチな球を使ったアンプをずっと使っていて、数ヶ月後、数年後に球の特性を測定してみたら、さて、どうなっているでしょうか。右チャネルのペアは今も揃っているのに、左チャネルのペアはかなり狂っていた、そんなことにこれまで全然気づかずに聞いて悦に入っていたのではないでしょうか。
トラブル:
購入した真空管が、すべて安定して動作してくれるとは限りません。何十年も前に製造され、長い間保存されてきたものですから、かなりの不良品や痛みがあって当然というものです。フィラメントが切れていたら、そのまま大切にしまい込むようにします。今や真空管は博物館行き寸前の地球の財産です。どんな凡球であっても捨てたりしてはいけません。いずれ必ず価値が出ますので(嘘)、できるだけオリジナルの箱で保存しましょう。さもなくば、ガラスを慎重に割ってみてください。真空管の中の構造物を取り出して分解してみましょう。真空管がどんな風に作られているかよくわかる素晴らしい教材になります。
GT管などで、ガラス管とハカマとの接着がとれてぐらぐらしている球がありますが、慌てることはありません。これは、アロンアルファか耐熱性のある接着剤を流し込んで固定してやります。あっけないくらい簡単にくっついてくれます。2A3のようなST管は根元があまり熱くならないので容易に修理できますが、EL34などボタンステム構造で根元が高温にな球の場合は、高温耐える接着剤でないと融けてしまいます。
12AX7等で時々経験しますが、球をアンプに差して電源を入れるとヒーターの根元あたりが一瞬パッと明るく光り、やがて通常の明るさに灯るものがあります。これはそういうものなので使用上は特に問題はありません。
最大定格:
真空管は、すべて同じ条件で最大定格が決められているわけではありません。たとえば、2A3/6B4Gの最大プレート損失は15Wで、6R-A8のそれも15Wです。フィラメントが消費する電力はともに約6.3Wですから、両球ともに球全体の消費電力は最大21.3Wということになります。しかし、プレートの大きさもガラス管の表面積も2A3/6B4Gの方が圧倒的に大きいです。実際、6R-A8は球全体がおそるべき高温になりますが、2A3/6B4Gではガラス管の根元部分なら手でさわっても平気なくらいに低い温度にしかなりません。最大定格で動作させた場合、
ぬるくなる・・・71A
普通・・・・・・45、2A3、6B4G、6L6G、6V6G、6F6G
高温になる・・・6F6/6F6GT、6L6/6L6GC、300B、EL34、6550A
たいへん高温になる・・6R-A8、6G-A4、6BX7GT、6BQ5、7189、7591、6C33Cおおよそですが、上記のように分類できます。NECの6R-A8は明らかに2A3を意識しているため、このような無理をした定格となったのでしょう。もちろん、このような設計の球では、ガラス管に高温でもガスの出にくいタイプのガラス材を使用してはいますが、額面どおりの動作はどうみても酷です。6G-A4も、もともと1ユニットあたり10Wのプレートを独立させて13Wとしたのは、東芝版6R-A8を狙ってのことだと思います。
もうひとつ注意しなければならないのは、真空管はその構造によって温度分布に著しい違いがあるということです。2A3などの古い球はプレートがガラス管の中で比較的高い位置にあります。こういう球はの根元(ベース)の温度は高くなりません。EL34はプレートの位置が低く根元(ベース)との距離がほとんどありません。こういう球は、プレートの熱をベースやソケットを介して伝導放熱して球全体を冷却するように作られているため、根元(ベース)が非常な高温になります。当然のこととしてシャーシの温度も高くなります。
真空管全盛期には、真空管は消耗品扱いされていましたから、一定時間たって駄目になったら交換するのが当たり前でした。今や、このような扱いは不可能となりましたから、アンプの設計でも十分な配慮が必要です。昔設計されたアンプの多くは最大定格いっぱいの設計のものが多く、回路の単純なデッドコピーは危険です。
最大プレート損失に比べると、最大プレート電圧はそれほどクリティカルではない場合が多いです。出力トランスを使用した増幅回路の場合は、ピーク時には電源電圧の2倍近くの電圧がかかりますが、定格上ではプレート-カソード間にかかる直流電圧値で規定します。2A3のプレート電圧の上限は300Vですが、この球を最大出力で動作させた時にはプレートには500Vくらいまでかかる瞬間があります。 一般論ですが、電源電圧が400V未満と400V以上とでは、回路設計及び実装上の耐圧や絶縁の管理のレベルが違います。電子部品の多くは350V程度であれば問題なく絶縁状態を保ってくれたり、スパークしたりすることはありませんが、それ以上の電圧では耐圧が苦しい部品が続出するからです。
ヒーターあるいはフィラメント電圧は、できるだけ精度をとることが重要です。以前、ヒーター電圧と真空管の特性の関係を測定したことがありますが、ヒーター電圧を5%増減させると、動作条件は10%も変化することがありました。μは比較的安定していますが、内部抵抗(rp)と相互コンダクタンス(gm)はかなり変化します。
第1グリッド電圧にも最大定格があります。カソード・フォロワでドライブするような場合は、第1グリッドがマイナス何Vまで大丈夫かをチェックする必要があります。なぜなら、アンプの電源をONにした直後、カソード・フォロワ管がヒートアップするまでは、第1グリッドがマイナス深くに振られるからです。2A3や300Bのようにそもそもバイアスが深い球は比較的タフですが、6BX7GTのようにバイアスの浅い球では、第1グリッドにマイナス100V以上をかけると、球が駄目になるという経験があります。
内部構造:
いろいろな傍熱管のヒーターを比べてみると、おおよそ3種類あることがわかります。もっとも基本的なものは、白くコーティングされたまっすぐのヒーター線を何度も折り曲げた状態のものがカソード・スリーブ中に収められているタイプです。一方、オーディオ用途の球の多くは、カソード・スリーブ中で1往復しかしておらず、よく見るとこまかく螺旋状になっています。これをスパイラル・ヒーターといいます。スパイラルのまま1往復させることでヒーターで発生する誘導磁界を打ち消そうとしているためです。スパイラル構造とすることで、折り曲げヒーターと比較してヒーターから発生する誘導ハムが数分の1に低減されています。スパイラル構造をもう1ランク向上させたのが、ダブル・スパイラルといわれる構造で、往復のヒーター線を竜巻のように1対の螺旋状に仕上げたものもあります。ダブル・スパイラル構造のヒーターを持った球はたいへん珍しく、私の手元にはWestinghouse製の6AU6しかありませんが、スパイラル構造の球ならたくさん見当たります。ヒーターが点灯すると当然ながら温度が高くなり膨張します。膨張して長くなったヒーター線はカソード・スリーブのなかから顔を現します。直熱管のフィラメントには、スパイラル構造のものは見たことがありません。直熱管のフィラメントは、グリッドの籠の中の空間に安定して懸架されなければなりません。いちばん簡単な方法は、上下のマイカに穴をあけてその中を通すというものです。しかし、フィラメント線の膨張・収縮をうまく吸収することができないため、このような構造の球では電源のON/OFFのたびにフィラメント線とマイカとがこすれて「ピン、ピン」と音が生じます。この問題を解決するために、スプリングによる懸架方法が考案されました。UX245やUX250でいちはやくこの構造が採用されており、球の上方から見るとフィラメントが釣竿のようなスプリングで引っ張られているのがそれです。フィラメントの点灯・消灯のたびにフィラメントが膨張・収縮する様子がよくわかります。フィラメントの懸架方法には、このほかに螺旋状のスプリングを使ったものもあります。
MT管には7ピンのものと9ピンのものがあります。たとえば6FQ7/6CG7は9ピンのMT管ですが、プレート、グリッド、カソードのための端子がそれぞれ2つで合計6つ、ヒーターのために2つ、しめて8ピンが必要です。ということは1ピンが余りますが、これは内部でどうなっているのでしょう。調べてみると、ピンだけ存在してどこにも接続されていないもの、1cmくらいの金属片が管内に伸びていてマイカの支柱になっているもの、2つあるプレートの間にあるシールド板に接続されているものの3つのタイプがあります。このように、遊びピンには、無接続、内部接続、シールド接続の3種類があるわけです。配線はこの違いを調べて行なわなければなりません。
6550Aはハカマが金属製ですが、これは1番ピンに接続されています。このような球ではメタル管と同様1番ピンはアースします。東芝が6BX7GTをベースに開発したオーディオ用3極管6G-A4は、最大プレート損失を欲張ったために、管内、特にグリッドが高温になりやすくなっています。そこで、マイカ上面から突き出したグリッドの支柱に放熱用の金属フィンが取り付けられています。さらに、グリッドからのリード線は1番ピンと5番ピンの両方に接続することで伝導によるグリッドの冷却をも試みています。これと同様の構造はNECが開発した6R-A8の3番ピンと6番ピンにもみることができます。このような構造の球では、ピンからの冷却が効率良く行われるように、2つのピンを太目の線材でつなぐような配慮が必要です。
双3極管のなかには封入された2つのユニットの間にシールド板を持つものがいくつかあります。6DJ8/6922、6AQ8、6CG7(ないこともある)などがその代表例です。6AU6も管内にシールドを持つ5極管(2ピンがシールドとG3の兼用になっている)ですが、6267/EF86になるとこれがもっと徹底してかなり手の込んだ専用のシールドがなされています。変わったところでは3極+5極複合の6GW8があります。2つのユニット間だけでなく、電圧増幅に使用される3極管部にもグリッドの電極をとりまくように徹底したシールドがなされています。しかし、9ピンの3極+5極複合管ではもはやシールドをアースするための空きピンがありません。そこで、5極管部のカソード(サプレッサー・グリッドにも接続)をシールドのアースに代用しています。ですから、6GW8では5極管部のカソードを交流的にアースしないような使い方(差動PPなど)は注意がいります。6AW8-Aも6GW8と同様のシールド接続になっていますので要注意です。
シールドがとんでもない電極と共通になっている球に、7AN7や6CW7があります。この2管は高周波用のカスコード接続で使う球です。カスコード接続の上側球(第2ユニット)のグリッドはコンデンサでアースされるので、管内シールドも第2ユニットのグリッドと共通になっています。このような球を通常のオーディオ回路に使用すると発振や飛びつき等何が起こるかわからないという状況になります。
銘柄:
世の中には、Mullard信仰とTelefunken◇マーク信仰、そしてWestern Electric信仰があるらしいですな。しかし、不思議なのはじつにたくさんの信者がいながら、神社を見たことがありませぬ。誰か、私財を投げ打って神社を建ててはくださらぬか。私がいちばん困るのは、銘柄で音がどう違うか尋ねられたり、同意を求められたりすることです。私は、好きなウィーンフィルの音ならばたいてい聞き分けられますし、ワインだって幼稚ながらある程度の違いはわかります。しかるに、我が凡耳は球の銘柄ごとの音の違いばかりはようわからんのです。だから、聞かないでね。
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