特別記事〜出版されなかった原稿
師匠と弟子のトラブル三昧
<エピソードI 真空管式パワーアンプ編>

弟子「ついに出ますね」
師匠「何が?」
弟子「トラブルシューティングの本」
師匠「いやあ、難産だった」
弟子「え、じゃあ、本当はもっと早くに出るはずだったとか」
師匠「何度も書きかけたけど、どこから手をつけたらいいかわからなくてね」
弟子「ははは、どこから手をつけたらいいかわからないのは、私のアンプのトラブルのほうですよ」
師匠「トラブルアンプを抱え込んでいるのかい」
弟子「これなんですけど。6FQ7とEL34を使ったステレオシングルアンプ」
師匠「ようやく出来たみたいだね」
弟子「見事にハムが出ました」
師匠「それはおめでとう。ヒューズが飛んだりトランスから煙が上がったりはしなかったわけだ。しかもちゃんとハムが出た。君にしては上出来だ」
弟子「ところで本はどこにあるんですか」
師匠「今、ここでやってることは本になる。早速、お手並み拝見といこうか」
弟子「え、そんな!」
師匠「ハムが出たんだろう?で、どうしたのさ」
弟子「実は、各部の電圧が正常なことは確認済みです」
師匠「おお、各部の電圧をちゃんと測定していたとはなかなか立派な心がけだ」
弟子「というわけで電源を入れた状態でテストを続けても危険はなさそうだと思ってます」
師匠「音はちゃんと出たのかね」
弟子「ええ、もちろん!但しハムも一緒ですけど」
師匠「現象はどこまで掴んでるのかな」
弟子「はい、うまく整理して言えませんが、ハムは左右同じように出ますし、別の新品の球と交換してもほとんど変化ないので球の不良ではないと思っています。ハムは電源を入れてヒーターが暖まってから出ます。電源まわりのアースの配線が気になるので、今からチェックしようと思ってます」
師匠「ちょっと待った。アンプをひっくり返して中をいじるのはまだ早いよ。もう少し現象を把握したまえ。手を使う前に頭を使うんだ。だいいち、電源まわりのアースが犯人だという根拠でもあるのかね」
弟子「いえ、ないです。おしゃるとおり、電源まわりのアースが犯人ではないかしれません」
師匠「ハムの種類とか、どうなんだい。それからハムの出方は常に一定かとか」
弟子「ハムって種類があるんですか」
師匠「そりゃあるよ。大きく分けて50Hzと100Hz※の違いだよ。鳴り方にもやわらかいブーンというのから耳障りなジーというのまであるし」

※日本においては、富士川以西では60Hzおよび120Hz。

弟子「あ、そっか。出たのは50Hzか100Hzかはよくわからないんですけどジーという鳴り方です」
師匠「ふ〜ん・・・・」
弟子「わかっちゃったんですね、どこなんですか、教えてくださいよ」
師匠「どこでハムを拾っているか調べたかい?出力段かもっと前か?」
弟子「初段とドライバ段の6FQ7を抜いて動作させたらハムが消えました。ということはドライバ段から前ですよね」
師匠「ボリュームはいじってみた?」
弟子「ボリュームを絞るとハムは消えます」
師匠「それから?」
弟子「ボリュームを最大にしたらハムが消えました。変だなあ、さっきはボリューム最大ではすごく大きなハムが出たのに」
師匠「今は入力端子に何かつないでるだろ」
弟子「CDプレーヤをつないでます。さっきは何もつないでいませんでした」
師匠「これって、重要なヒントだと思わない?」
弟子「こういうパターンって、掲示板か何かで見たことあります」
師匠「特に初心者がよくやってしまうミスでしょ」
弟子「そ、そうでした。ヒーター回路がアースから浮いているとジーというハムが出るんでしたよね」
師匠「よし、じゃあアンプをひっくり返せ。テスターを持って来いや」
弟子「ヒーターの配線とアースの間に導通がありません。やっぱり、ヒーター回路の一端をアースにつなぐのをやり忘れていました。アースはどのあたりにつないだらいいんでしょうか」
師匠「どこでもいいよ。ヒーター回路にアースと同じ電位を与えればいいだけでここには電流は流れないから」
弟子「おー、ハムがきれいに消えました。一発命中ですね」
師匠「もし、電源まわりのアースをいじっていたらどうなっていただろう」
弟子「散々配線をやりなおして、それでも駄目で、配線がきたなくなっていたかもしれません」
師匠「さっき言っただろう、手を使う前に頭を使えって」

<エピソードII 真空管式フォノ・イコライザ編>

弟子「実はもう一台あるんですが」
師匠「何が?」
弟子「トラブっているアンプ」
師匠「今日のために順番待ちしていたみたいだな。今度は何だい」
弟子「真空管式のフォノ・イコライザ・アンプ※です」

※フォノ・イコライザ・アンプ
LPレコードを再生するために微小信号を増幅し周波数特性を整える専用アンプ。

師匠「12AX7を使った2段構成のNF型イコライザのもっともベーシックなやつだな」
弟子「これもちゃんと音は出ます。ハムもありません。ということなのでもう使っているんですけど各部の電圧がおかしいんです。参考にした記事の回路図にある値とかなりかけ離れてるんです」
師匠「音はまともなのかい」
弟子「はい、歪んだりもしてないし。でもプレート電圧はすごく高いし、何かおかしいんです」
師匠「じゃ、左右が揃っておかしいわけ?」
弟子「はい、別の新品の12AX7に換えてみたんですが大体同じなので球の不良とかではないような」
師匠「各部の電圧がおかしいというのは大概は配線のミスかハンダ不良か部品のつけ間違いなんだけど、抵抗値を左右揃って一桁間違えてるとか、そういうのはどうなの」
弟子「その失敗はやったことがあるので今回はチェック済みです」
師匠「誰かに騙されてるみたいだねえ」
弟子「師匠、ギブアップですか」
師匠「まさか。トラブルには必ずそうなる理由がある。それが君や僕にはまだ見えてないだけさ」
弟子「師匠に答えが見えたら、いじわるしないで教えてくださいよ」
師匠「あのさ、ヒーターはどうなの?」
弟子「ちょっと高めの6.9Vなのでいずれ調整しようと思ってますが、これが原因ではないと思ってます」
師匠「いや、その6.9Vがどこにつながっているのかってこと」
弟子「ソケットの4番と5番」
師匠「ほら、それだよ」
弟子「どうしてですか。9ピンのMT管のヒーターは通常4番と5番で12AX7もそうじゃなかったでしたっけ」
師匠「それは6DJ8とか6FQ7の場合でしょ。12AX7の時は9番も使うんじゃないの?」
弟子「わっ、おはずかしい!勘違いでした。二台続けて作ったのでてっきりピン接続が同じだと思ってました。この配線だと12.6Vでなきゃいけないところが6.3Vしかかかってませんね」
師匠「真空管は、ヒーター電圧は低いと動作はするけど電流がちゃんと流れないよ。だからプレート電圧が妙に高かったんだよ。ヒーター回路の電圧が6.9Vと設計値よりもかなり高いのでおやっと思ったね」
弟子「今、ヒーターをつなぎなおしたらほぼ設計どおりほぼ12.6Vになりました」
師匠「で、音はどう?」
弟子「おーおー、音が違います。低域がしっかり出てます。何か低域が軽いアンプだな、こんなもんなのかなくらいに思ってたんですが。今の方がずっとバランスが良いです」
師匠「ヒーター電圧が低いために12AX7が定格どおりの利得が得られなくなっていたんだよ。そのためにイコライザ特性が正確でなくなって低域側が不足したってわけ」
弟子「それでもちょっと聞いたくらいではわからないくらいそれらしく音が手でましたよ」
師匠「真空管ってかなりアバウトなところがあるから、ヒーター電圧を間違えたくらいだと動作のバランスは崩れてしまっても、音が出るもんなんだ」
弟子「人間の耳って、違いを聞き分けられる時と騙されてしまうような時とがあるんですねえ」

<エピソードIII 半導体式ヘッドホン・アンプ編>

師匠「じゃ、次は僕から問題を出そう」
弟子「うわ、そういう展開になるんですか」
師匠「真空管アンプばかりじゃ面白くないだろ」
弟子「半導体アンプですか。わかるかなあ」
師匠「真空管アンプの場合は球を左右で入れ替えたり、部分的に抜いて動作させたりできるので問題か所の特定がしやすいけれど、半導体はそれができないからトラブルシューティングははるかに難しいんだ。アンプ全体が直結回路であることが多いので、すべてが連動して変化してしまうのでそのことも解決を難しくしているんだな。まあ、チャレンジしてみてよ」
弟子「課題のアンプはどれですか」
師匠「このヘッドホン・アンプ」
弟子「ホームページ※に出ている12V版ヘッドホン・アンプですね」

※http://www.op316.com/tubes/hpa/index.htm

師匠「今はちゃんと動作しているんだけど、製作工程で僕がどんなミスをしたか当ててもらいたいんだ」
弟子「師匠もミスをしたんですか」
師匠「もちろん、やったとも」
弟子「へへへ、どんなミスかなあ」
師匠「誰でもやるとってもポピュラーなやつさ」
弟子「私もやってしまうタイプのミスでしょうか」
師匠「やってしまう方にどら焼き一個賭けよう」
弟子「では師匠、現象の説明をお願いします」
師匠「電源電圧はほぼ設計どおりなんだけど、各部の電圧が設計どおりではなくて左右共に異常だった。煙やハムは出なかったが、音も出なかった。部品の不良や抵抗値の間違いはないと思ってくれ。配線の漏れもなかった。さあ、どうする」
弟子「えーっ、全然わかりません」
師匠「簡単にギブアップしないで考えてみたまえ」
弟子「う〜ん、各部の電圧がおかしいということは、問題はアンプ部本体にあって入出力まわりなどの周辺ではなさそうですね」
師匠「その調子」
弟子「部品の不良とかじゃないとすると、やっぱり配線がおかしいとしか思えないよなあ」
師匠「ヒントをあげよう。これがこのアンプで使ったトランジスタだよ」

写真○:2SA1358と2SC3421

弟子「これがヒントですか」
師匠「うん、これ見てどう思うね」
弟子「四角い形をしたただのプラスチックのかけらですねえ。」
師匠「そうだよね。真空管の方がはるかに芸術的だ」
弟子「こんなの印字がなかったら表だか裏だかわかんないじゃないですか・・・・あ、わかった」
師匠「ほほう」
弟子「師匠がどんなミスをしたかわかってしまいました。トランジスタの表と裏を逆にして取り付けたでしょう?」
師匠「素晴らしい!正解だ」
弟子「やりましたね。やっぱり、師匠くらいの齢になるとこまかいところが見えづらいですか?」
師匠「余計なお世話だ」
弟子「こういう失敗はよくあることなんでしょうか」
師匠「少なくとも僕は昔からしょっちゅうやっている」
弟子「自慢するるようなことではないと思いますが。こういう場合はやり直しですよね」
師匠「間違えて取り付けた3本足の部品をはずすのはものすごく面倒なんだ」
弟子「考えただけで気が滅入りますね」
師匠「3本足の場合は全部はずさないで両側だけ引き抜いてくるりと回す、といううまいやり方を教えてくれた人がいる」
弟子「わ、ずるい」
師匠「ずるいことあるもんか」
弟子「そういう悪知恵が働くから失敗から学習しないんじゃないですか?」
師匠「だいたい3本足の順番がトランジスタによって一定じゃないっていうのが問題なんだよ」
弟子「師匠の間違いはそういうのじゃなくて、単なる裏返しの間違いでしょう?」
師匠「昔のトランジスタには『ここがコレクタ』というマークがついていたり、『BCE』が印字されていたんだがなあ」
弟子「へえ、そんな時代もあったんですか」
師匠「まあ、どんなに気をつけていても間違う時は間違う、人間である限りヒューマンエラーはなくならない」
弟子「『私は配線を間違えていません』と思っても信じてはいけないということでしょうか」
師匠「そういうことだ。誰が作ったどんなアンプでも、きっとどこかを間違えている」
弟子「じゃ、この本ののどこかにも師匠が気づいていない誤りがあるってことですね」
師匠「やられた!」

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