トラックの気持ち
2001.2.19
弟子 「二十一世紀最初のテーマは子供でしたが、2番目のテーマなんですか。」 師匠 「そりゃあ、お行儀でしょう。」 弟子 「昔から、ドライバーといえばお行儀の悪い人達の代名詞ですね。」 師匠 「それもあって、長いこと運転免許を取ろうなんて思わなかったんだ。」 弟子 「窓から煙草は投げ捨てるし、横断歩道の前に駐車するしね。いつの時代もドライバーは社会的問題児です。」 師匠 「車に乗るとさ、一ランク偉くなたように錯覚することってあるじゃない。」 弟子 「そうなんです。」 師匠 「ましてや、ベンツのSクラスなんかに乗った日には、もうなんでも好きにやっていいって思う馬鹿者がいるわけよ。」 弟子 「セルシオあたりでももう充分偉くなった気分になれますよ。」 師匠 「で、そういう車はたいがいパワーもあるし、足回りにも金がかかっていて少々運転が下手糞でもよく走るから、相対的に他の車の走りっぷりがうっとうしく感じられるわけだ。」 弟子 「BMWの3シリーズみたいにお安く買える車でも、そういうことってありますよ。」 師匠 「高速道路で追い越し車線を走っていると、後方からとんでもないスピードで追いついてきて、せっかちに煽ってくる車の筆頭といえば、セルシオだねえ。」 弟子 「ちょっとでも隙間があると、ウィンカーも出さずに左側から追い越して行くのも多いですよ。ボディーカラーは大概白だというところが面白いんですが。」 師匠 「かなり飛ばしていても運転していて遅く感じる車だから、120km/h程度で追い越し車線を走っている車はうっとうしいのだろうね。」 弟子 「トラックが後ろから迫ってくるのもいやだなあ。」 師匠 「それは、トラックが迫ってくるんじゃなくて、君が減速をしてるからじゃないのかい。」 弟子 「そうかもしれません。だったら、トラックだって減速すればいいじゃないですか。」 師匠 「そう思うんだったら、君も大型トラックとは言わないけど、積荷満載の2トントラックを運転してみたらよかろう。」 弟子 「運転席が高いから、前が良く見えていいでしょうね。」 師匠 「そういうことを言ってるんじゃなくて、トラックの気持ちが少しはわかるだろうな、と思ったわけよ。」 弟子 「はあ。どういう気持ちなんすかね。」 師匠 「加速がえらい大変だってことだよ。」 弟子 「でも、トラックだって結構なスピードでぶっ飛んで行くじゃないですか。」 師匠 「おいおい、走行しているスピードと加速度とは別物だぞ。」 弟子 「あ、そうでした。トラックって、そんなに加速しないもんなんですか。」 師匠 「一旦、巡航速度に達したら、もう、できるだけブレーキなんか踏みたくない、と思うくらいね。」 弟子 「燃費の問題もありそうですね。」 師匠 「もちろんだ。だからね、前を行く乗用車が無意味に減速なんかすると、トラックのドライバーは、『こらっ、馬鹿っ、減速なんかするな〜!』となるわけだ。トラック側はぎりぎりまで減速しないで済まそうとするから、いやでも車間は詰まってくる。」 弟子 「で、乗用車側はトラックに煽られたと勘違いするわけですか。」 師匠 「乗用車は気軽に速度を変えることができるけど、大型トラックなんかは全然そうではないのだ、ということを知るべきだな。」 弟子 「じゃあ、長い登り坂なんかだと、トラックのドライバーとしては、この坂をどういう風に登り切るかっていう作戦がいりますね。」 師匠 「そのとおりだよ。登り坂での加速なんてもう絶望的だからね。一旦速度を失ってしまったら、なさけないくらいののろのろ運転地獄が待っているわけだ。トラックとしては必死だと思うよ。」 弟子 「時々、そういう状態になってしまっているトレーラーなんかに出会いますけど、ほんと、ひいひいいって登ってますね。」 師匠 「だからね、上り坂では絶対にトラックの前方を塞いではいかんのだよ。彼らは、登り前の下り坂からすでに作戦開始していて、十分なスピードを作ってきいているわけなんだからね。」 弟子 「加速は苦手でも、トラックには排気ブレーキなんていう強力なものがついてますね。」 師匠 「強いエンジンブレーキがかかる仕組みだね。」 弟子 「トラックの制動力というのは、乗用車を上回っているわけですか。」 師匠 「全然そんなことはない。トラックは簡単には止まれないね。しかも、重荷のトラックが長い下りで充分な制動を得ようとしたら、フットブレーキと通常のエンジンブレーキだけでは全然足りないから、排気ブレーキは必須なんだ。」 弟子 「エンジンブレーキの一種ということは、ストップランプがつかないわけですね。」 師匠 「昔のトラックはそうだったけど、そのことを知らない乗用車が追突事故を起こすもんだから、最近のトラックでは、排気ブレーキが効いている時は、フットブレーキ同様にストップランプが点灯するものもあるらしい。」 弟子 「でも、点灯しないトラックも多いんでしょう?」 師匠 「追い越し車線なんかを走行しているトラックが右ウィンカーをちかちかさせるのって見たことあるかい?」 弟子 「ああ、あれは何なんだろうと思っていました。」 師匠 「あれはね、トラック同士でよく使われる『今、排気ブレーキ使っているぞ』というサインなんだよ。」 弟子 「あれま〜、トラックに関しては知らないことばかりだなあ。」 師匠 「じゃあ、もうひとつ。片側一車線の国道なんかのトンネルでね、対向車線を大型冷蔵トラックが来たら、どういうことに気をつけたらいいかわかるかい。」 弟子 「・・・わかりません。」 師匠 「もしかするとそのトラックは、中央線をはみ出しているかもしれないってことだよ。」 弟子 「???。どうしてですか?」 師匠 「トンネルの天井を見たまえ。」 弟子 「トンネルの天井ですか?」 師匠 「わからんかね。」 弟子 「残念ですが。」 師匠 「トラックの背の高い荷台ってさ、よく、トンネルの天井に当たるんだよ。」 弟子 「そうなんですか。トンネルの天井の高さなんて全然気にしたことなかったです。」 師匠 「乗用車のドライバーが気がつかない盲点だな。トンネルの天井は円弧を描いているから、隅の方は天井が低くなっている。」 弟子 「トラックのドライバーは、荷台がトンネルの天井に当たると思ったら中央に寄って走るわけですね。」 師匠 「そういうこっちゃ。ただね、自分のトラックは傷つけたくないけれど、コンテナとか他人の持ち物の場合は結構平気でこすって走るらしい。ま、詳しくは知らんけど。」 弟子 「ううむ、トラックの世界も奥が深いですねえ。」 師匠 「じゃあ、もうひとつ。トラックってのは簡単に横転するもんだということも知っておいたらいいと思うよ。」 弟子 「そういえば、トラックの横転事故って、とても多いですね。」 師匠 「乗用車に比べたら信じられないくらい重心が高いからね。だから、無闇にハンドル切れないんだ。」 弟子 「へえ〜。」 師匠 「トラックを横転させるなんて実に簡単でね、40km/hで走っていて、くいっとハンドル切ればあっさり横転さ。」 弟子 「恐いですね。」 師匠 「だから、高速道路なんかで、トラックの間をウィンカーも出さずにすりぬけてゆく乗用車がいるだろ。あれを避けようとして横転するトラックが実に多いんだよ。」 弟子 「ははあ、冒頭のセルシオ問題に帰ってきましたね。」 師匠 「うん。」 弟子 「ということは、道路上ではいろんな意味でトラックの走行を邪魔してはいけないということですね。」 師匠 「単に『いけない』というのではなくて、トラックの特性やドライバーの気持ちを理解するのが大切だってことだよ。」 弟子 「これでトラックを見たら、先読みができそうな感じになってきました。」 師匠 「たぶん、トラックのドライバーにも君の気持ちが伝わると思うよ。」
元のページに戻る