Balanced Output MC-MM Phono Equalizer Amplifier
平衡出力MC/MMフォノ・イコライザ・アンプ


■はじめに

昨年(2007年)のはじめのことだったと思いますが、ある友人から相談されてPHONOイコライザ購入のお手伝いをしたことがあります。それはそれで良かったのですが、ご本人曰く「いまひとつである」ということで、「作ってほしい」と言われてしまいました。「時間かかってもいいなら、作るよ」という約束をしたまま1年が経ってしまったというわけです。友人の保有プリアンプがKRELLのKRE-2であるため、接続は平衡が望ましいという条件がつきました。実は、かなり以前から構想を暖めてきていた平衡型のPHONOイコライザの回路があったので、これを使おうというもくろみでいろいろ検討を続けていたのでした。

当初は、「平衡入力〜平衡出力」のPHONOイコライザとしてアイデアを煮詰めはじめ、紆余曲折を経て「不平衡入力〜平衡出力」の本回路に至っています。本ページの製作では「不平衡入力」としましたが、ちょっとした改造でプレーヤー側を「平衡出力」化できますので、いずれ「平衡入力」についてもできる限り触れたいと思います。

おかげさまでこのプロジェクトは成功しました。設計・製作者としても満足のゆく仕上がりです。本機の製作にはかなりの労力と費用とスキルが必要ですが、やる気がありましたら是非チャレンジしてみてください。


■レコードプレーヤーの出力端子

通常、民生機のレコードプレーヤーの出力端子は不平衡であるRCAピンケーブルが使われています。そして、これを受けるプリアンプ側のPHONO入力もRCAジャックが使われます。一方で、トーンアームはどうなっているかというと、カートリッジへの結線である4本の信号ケーブルが出ていて、それぞれ、左チャネルHOT、左チャネルCOLD、右チャネルHOT、右チャネルCOLDになっています。そしてこれらとは別にトーンアームおよびレコードプレーヤー本体のアースが一本になって引き出されていますので、内部的には5本の線が存在します。レコードプレーヤーから外に引き出される時に、2つのCOLD側はシールド線のシールド外皮になり、HOT側は芯線になります。アースは別個に引き出される場合と、左チャネルあるいは右チャネルどちらかのCOLD側と共用で引き出されます。こうやって最終的に不平衡の出力が作られています。

実は、レコードプレーヤーの中を開け、カートリッジから来ている4本の信号ケーブル(HOTおよびCOLD×2)を平衡伝送のHOTおよびCOLDとして扱うことで形式的に平衡化できてしまいます。但し、ひとつだけ問題があります。それはカートリッジ側のアースの問題です。ヘッドシェル本体はトーンアームと接触することでアースされますが、カートリッジ内の金属部分はそのままではアースされません。いくつかのカートリッジでは、カートリッジ内に存在する金属部分のアースを左または右チャネルの信号経路のCOLD側と共用することで便宜的にアースを確保しています。何故ならばカートリッジには4個しか端子がないからです。このカートリッジ側の内部アースが存在するために完全な平衡化はできません。また、どんなレコードプレーヤーでもこのような改造ができるという保証はありませんし、特にメーカー製のオート機構がついたレコードプレーヤーは分解が困難なので手を入れるとなると全くの自己責任になります。

本機の設計・製作ではこのような問題を考慮し、また、誰でも無理なく本機を参考にした製作ができるために「不平衡入力」としました。


■仕様の検討

<入力仕様>

私は個人的な好き嫌いでもっぱらDENON DL-103を数十年来変わることなく愛用していますのでDL-103さえ使えれば充分なのですが、世にはさまざまなカートリッジが存在しますから、本機ではMM型のカートリッジにも対応する入力仕様とします。MC入力における入力信号レベルはDL-103にフィットするように0.3mVくらいに合わせることにして、入力インピーダンスは300〜500Ωくらいとします。MM入力における入力信号レベルは3〜4mVあたりを想定し、入力インピーダンスは標準の50kΩとします。

<出力仕様>

出力側は平衡です。50kΩ程度の負荷を想定して設計しますが、最低値として20kΩの負荷においても遜色のない特性が得られるように配慮します。ということは、600Ωクラスの低インピーダンス負荷は考慮には入れていません。

<利得仕様>

利得は、MM入力時で一般値よりやや高めの43dB程度、MC入力時で63dB程度を見込みます。つまり、MCとMMの利得差は20dB(10倍)くらいなります。従って、DL-103には都合がいい利得バランスですが、oftofonなどの低出力のMCカートリッジでは若干利得不足が生じます。


■全体構成

<構成案1>

PHONOイコライザ・アンプの構成は実にいろいろです。まず、MM対応のPHONOイコライザを作成し、その前にMC用ヘッドアンプまたはMCヘッドトランスを追加する、というのが一般的なアプローチでしょう(下図)。「RIAA EQ」というのは、オーソドックスなMM入力型のPHONOイコライザですので、NF型でもCR型でも、CR-NF型でもかまいません。この場合、MC用ヘッドアンプあるいはMCヘッドトランスは20〜30dB(10〜32倍)程度の利得を稼ぐ必要があるだけですので方式は問いません。

<構成案2>

高利得なアンプを1台作り、負帰還利得を変化させることでMCもMMもOKにする、という方法もアリでしょう。20代の頃、平衡出力ではありませんでしたがトランジスタを使ってそのような利得可変型MC/MM対応PHONOイコライザを2つほど作ったことがあります。メーカー製のプリアンプの中にも利得可変型MC/MM対応PHONOイコライザは多数実例があります。このようなアンプは、高利得のOPアンプを使えばいとも簡単にできてしまいますが、1段あたりの利得が低い真空管回路でやったという例はまだ見たことがありません。

<構成案3>

今から25年前に私が製作し、今の我が家の主力プリの座を占めているこのプリアンプ(下図)は、DL-103専用なのでMM入力がありません。構成は下図のとおりです。これをそのまま全段差動化(平衡化)するという方法も悪くないと思います。あるいは、後半部分だけ差動化(平衡化)してもいいでしょう。

<構成案4>

当初私が構想したのは下図の構成案です。上図の構成を素直に全段差動化したものですが、終段が12AX7の差動出力であるため出力インピーダンスが通常の回路の2倍になってしまいます。それをカバーするために2SK170による差動バッファを追加せざるを得なくなっています。

<構成案5>

これに修正を加えたの構成案が下図です。まず、平衡入力を廃した上でMC専用からMC/MM切替式に変更しています。加えてMM用の高インピーダンス有力を得るために負帰還方式を変更し、片側だけになっています。片側だけにしか負帰還がかかっていないように見えますが、帰還された信号はちゃんと両ゲートに入力されますので歪みの低減など負帰還の効果は得られます。もう一点、終段管は12AX7から内部抵抗が低い6DJ8に変更することで追加されていた差動バッファを取り去っています。シミュレーションした結果では、バッファなしで20kΩ負荷でも充分な特性が確保されることを確認しています。12AX7から6DJ8に変更したことでこの部分での利得が6dBほど減ってしまうため、全体の利得配分を見直しています。

<構成案6>

これでいこうと思って製作をはじめたのですが、途中で問題があることに気がつきました。それはやはり片側だけの負帰還に起因する興味深い問題です。初段の差動回路の共通ソース側には定電流回路があります。定電流回路もノイズを出しますが、このノイズは両ドレイン側に差動出力として同相で現われます。同相ノイズ(=コモンモード・ノイズ)なので次の12AX7の差動入力が持つコモンモード除去によって排除されます。ところが、両ドレイン側に同相で現われたノイズを片側から取り出してこれをゲートに帰還するとどうなるでしょうか。コモンモード・ノイズであったものが両ドレイン側に差動出力として逆相(=ノルマルモード)で現われてしまうのです。差動回路が持つコモンモード除去作用はノルマルモード・ノイズには全く無力ですので、後続の12AX7段はこのノイズを立派に増幅してしまいます。これでは何のための差動回路なのか、また平衡構成なのかわからなくなってしまいます。というわけでこの問題を排除すると下図のような構成になります。平衡伝送のしくみを生かそうとすると前段と後段との間では平衡伝送しない方が有利になるという皮肉な結果になりました。但し、このようにすると先の構成に比べて利得が半分になってしまうので、この不足をどこかで補わなければなりません。

というわけで、まずは<構成案5>を作り、次いで<構成案6>に変更して比較し、どちらかの構成でいくことにします。


■RIAAイコライザ方式と時定数の設定

RIAAイコライザは素直にNF型を採用します。終段に内部抵抗が非常に低い6DJ8を採用したために、負帰還素子にRIAA特性を持たせても高域での重負荷に強くなったからです。RIAA素子の値ですが、75μS側が「56kΩ」と「0.00136μF」で、3180μS側が「1MΩ」と「0.0047μF」で試作しました。0.00136μFは680pFを2個並列にすることで得ています。この数字をおなじみの計算式にあてはめてみると以下のようになります。

指定時定数設計時定数計算式
75μS76.2μS=56kΩ×0.00136μF×1000
318μS321.4μS=(56kΩ//1000kΩ)×(0.00136μF+0.0047μF)×1000
3180μS4700μS(設計時)
7050μS(修正後)
=1000kΩ×0.0047μF×1000
=1500kΩ×0.0047μF×1000

なお、回路が差動プッシュプルの平衡構造であるため、RIAA特性を得るための負帰還も平衡構造になります。


■画像など

1Uサイズに収めるためにいろいろと工夫をしています。電源トランスは高さ38mm以下の特注品です。電源部の大型電解コンデンサは100μF/350Vが1個と3300μF/25Vが2個ですが、いずれも寝かせて取り付けてあります。小形のヒートシンクが3つほど見えますが一番大きなものが天上に支えないためには、平ラグを固定するスペーサの高さは5mmでなければなりません。縦に取り付けられている4個の電解コンデンサは33F/250Vのものですが、これ以上の容量・耐圧ですと天井に当たります。


■電源回路

本機が必要とする電源は多彩かつ複雑です(下表)。

増幅段電圧電流供給方法
初段(2SK170差動PP)+20V4.0mA+200Vからドロップ
-5V-4.0mAヒーター電源(-12.6V)を流用
2段目(12AX7/ECC83差動PP)+200V1.2mA168V(=120V+24V+24V)をブリッジ整流
-5V-1.4mAヒーター電源(-12.6V)を流用
3段目(6DJ8/6922準差動PP)+200V7.0mA168V(=120V+24V+24V)をブリッジ整流
ヒーターDC点火-12.6V-0.65A14Vをブリッジ整流

そして、いずれの電源も充分にリプルが除去されている必要があります。本機ではすべての電源においてトランジスタを使ったリプル・フィルタを採用し、かつ簡易方式ながらも安定化電源としています。安定化電源を採用した理由の最も大きなものは、AC100Vラインの電圧変動の影響によるDCドリフトが出力に現われなくすることにあります。本機では差動回路を多用していますが、差動回路はB電源電圧の変動がもろに出力に現われるという弱点があること、RIAA特性の特徴として低い周波数における利得が極大であるためその変動が増幅されやすいこと、この2点を解決するためです。


■全回路図

<アンプ部>

訂正1:入力部のアースにおいてシャーシアースのポイントが入力RCAジャック直下となっていますが、ここからシャーシアースに落とすとハムが出ます。シャーシアースの引き出しポイントはMC/MM切替スイッチ〜62kΩの区間としてください。
訂正2:初段供給電源の220μFの耐圧の記載がありません。「220μF/35V」としてください。
訂正3:出力部のフィルムコンデンサ「1μF/250V」は最終的に「0.47μF/250V」としました。

カートリッジからの信号は2SK170による単段差動のフロントエンドで受けます。入力のところにあるスイッチは、入力インピーダンスおよび利得の切替です。負帰還は片側だけにかけています。この方法は欠点もあるのですが、入力が不平衡であるということからくるさまざまな制約から(長くなるので説明省略)このような方式で割り切りました。初段の利得は、27kΩ、750Ω、39kΩの組み合わせて決定されます。この定数ではMC時に45倍、MM時では4.5倍になっています。

2段目以降は12AX7および6DJ8による差動プッシュプル構成とし、負帰還型のRIAAイコライザとなっています。そのため、RIAA特性を得るためのCRが2系統存在します。初段および2段目の定電流回路は2SK30のGRランクおよびYランクを使用しました。しかし、2SK30AのYランクのIdssは通常1.6mA以上あるので1.4mA以下というのは「異端」あるいは「はずれ」に該当します。そういう都合が良いはずれを引くための母数は最低50本、できれば100本くらい必要です。一応頒布の対象としますが、いつもあるとは限らないのでご相談ください。

<電源部>

電源トランスは1Uサイズで収まる特注のプリアンプ用カットコア・トランスです。120Vと2つの24V巻き線を使って168Vとし、これをブリッジ整流して232Vを得ています。トランジスタ2個によるシンプルな定電圧回路によって203Vの安定化電源としています。ここからさらに抵抗とトランジスタを使って電圧をドロップさせ、23.6Vの初段用電源を得ています。23.6V電源の2SC3425は相当に熱を持つので、コレクタ側に8.2kΩを入れて熱の一部を抵抗器に肩代わりさせています。

ヒーター電源は14Vをブリッジ整流して-16.3Vを得て、これを2SA1451Aによる簡易型定電圧電源によって-12.7のヒーターDC点火電源としています。ヒーター電源がマイナス仕様なのは、初段および2段目のためのマイナス電源をここから取っているからです。2SA1451Aのコレクタ〜エミッタ間電圧は16.3V−13.5V=2.8Vありますのでコレクタ損失は2.8V×0.65A=1.3Wとなり、小形の放熱板が必要です。また、コレクタ〜エミッタ間電圧は1V以上の余裕がないと定電圧回路として機能しませんし、あまり大きく取りすぎると放熱が大変になります。ツェナダイオードの定格によって得られる電圧が決まってしまうので、ヒーターに12.6Vが供給されるようにエミッタ側の抵抗値を調整してください。


■電源ON/OFF時の過渡電圧

本機の電源ON/OFF時の動きについて説明します。

電源ON直後、B電源が徐々に上昇しはじめますが、真空管はまだ冷えているので初段および出力段には電流はなまだ流れません。この時、出力段両プレート電圧は揃って0Vからほぼ200Vまでゆっくり上昇します。これを出力端子側からみると0.47μFを介してHOT側、COLD側ともに揃った数V程度で1Hz以下の電圧が現われます・・・コモンモード。

やがてヒーターが暖まってくるとプレート電流が流れ始めるため、出力段両プレート電圧は200Vから95Vまで低下します。しかし、1つの球に封入された2つにユニットの動きはまちまちなのできれいに揃って低下するわけではありません。一方が先に低下し、少し遅れてもう一方も低下する、という風な動きをします。その時、出力端子のHOT〜COLD間に差分の過渡電圧が現われます・・・ノルマルモード。

電源OFF時は、B電源電圧の低下とヒーターの冷却とがほぼ同時に起きますが、現象としてはHOT側、COLD側ほぼ揃って動きますので電源ON時ほど大きな過渡電圧は現われません。

これらの過渡現象は0.1〜1Hzくらいの非常に低い周波数の波として生じますので、出力コンデンサ容量(0.47μF)を大きくしすぎると外に現われる過渡電圧がかなり大きくなってしまい、場合によっては後続のプリアンプの回路を痛めたり、大きなポップノイズの原因になります。当初、つけていた1μFを0.47μFに変更したのは、過渡電圧が思っていた以上に大きく出てしまったからです。


■測定・調整と特性

総合利得は以下のとおりです。

入力入力インピーダンス利得 at 1kHz
MM47kΩ//100pF43.4dB(148倍)
MC470Ω//100pF63.4dB(1480倍)

雑音歪み率特性は以下のとおりです。なお、このデータは充分に年季のはいったややくたびれ気味な12AX7を使用して取りました。新品の球の場合はまだ安定していないためノイズが多めに出るので、斜め左上に伸びる線の位置が若干高くなります。

RIAAイコライザ特性は以下のとおりです。机上設計のまま実装して測定したところ、高域側は非常に正確ですが100Hz以下でブースト不足が明らかになりました(左下図)。そこで、RIAAイコライジング素子のうち3180μSに影響を与える抵抗「1MΩ」を「1.5MΩ」に変更し、加えて大きすぎた総合利得を下げるために12AX7段カソード抵抗「2kΩ」を「2.2kΩ」に変更しています。その結果、20Hz〜20kHzいおいて±0.2dBの高精度なRIAAイコライジング特性が得られています。(右下図)


■ふりかえり

さて、本機が完成して友人もとても喜んでくれて、今まで使っていたPhaseTech EA-3(右画像)は早々に手放したそうです。

以下、ご本人のコメントから抜粋・・・「フェーズテックは良い機械ですが絵に書いてあるような音でしたので、本機のようにそれぞれの楽器を奏でてくれない印象でした。ですので早速オークションに出しました。本機の試聴の印象ですが、入っている音が出てくるのではなくレコード盤のなかに入っている楽器がそれぞれ出てくるという感じです。低域もしっかり出ているし、中高音のこしがあり、ギラギラせず嫌らしくない。大きい音でもうるさくなく、小さい音でも個々の楽器の音がこもらない、埋もれない。そんな感じです。」
じつは、我が家のシステムが本機のような電子式バランス出力に対応していなかったため、長期間ほったらかしになっていたのですが、ようやくバランス環境が整ったのでやっと本機を使ってLPが聞けるようになりました。そして最初に思ったこと・・・放置なんかしないでさっさと使える環境にするんだった。LPレコードにこれほどいろいろな音が記録されていたことに今まで気づかずにいたということでした。



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