Mini Watters
差動PPミニワッターの出力段の定電流化
出力段のカソード回路、抵抗1本ではなく定電流回路化したらどうなるんだろうと思う人は多いと思います。私もそこのところは少々気にはなっていたのですが、抵抗1本でも申し分のない音が出てくれているのと、考えたり実験するのがめんどくさいこともあってあえて定電流回路を入れることなく今日(2017年5月)に至っています。というわけなのですが、ちょっと時間ができたのと何故かやる気が出たので実験をしてみました。金はないが暇を持て余している諸氏にはちょうどいいネタではないかと思います。

<差動PPミニワッターの出力段は何故抵抗1本なのか>

理由その1:抵抗1本でも差動的動作をする

差動PPミニワッターの基本回路は初段と出力段が直結です。そのため出力段のカソードが普通のプッシュプル回路と違って電位が高くなっています。たとえば、6N6Pをプッシュプルで動作させた時のプレート電流は2本合わせて38mA、バイアスが-5Vだとすると、共通カソード抵抗は5V÷38mA=130Ωとなります。しかし、差動PPミニワッターではカソード電位が21Vもあるので共通カソード抵抗は560Ωです。この違いはとても大きくて、560Ωくらいの 共通カソード抵抗があるとかなり立派な差動的な動作をします。AB級プッシュプルのロードラインは曲線になりますが、定電流回路を入れた差動PPでは直線になります。抵抗1本の差動的回路のロードラインもほとんど直線になります。

理由その2:定電流回路の場所がない

1枚の20P平ラグと真空管ソケット周辺のスペースにアンプ部の回路を収めたかったので、平ラグ上に定電流回路のための余裕がありません。抵抗1本なら平ラグの世話にならずに真空管ソケットとアース母線に取り付けることができます。

7P立ラグあたりを使って定電流回路を組み込んでみようと思ったこともありますが、立ラグだと配線が混み合う上にしっかりとした支えが得られずやる気が出ませんでした。それでもやるぜ!という方は右図を参考にしてください。

理由その3:定電流回路より抵抗1本の方が出力が大きい

定電流回路は2本の出力管のプレート電流値をきっちり制限してしまうので完全なA級動作になります。抵抗1本の場合は、2本の出力管のプレート電流値の縛りがゆるいので、最大出力付近ではわずかながらAB級的な動作になるため最大出力がわずかに増加し、最大出力付近の歪みも減ります。直結回路を採用した差動PPミニワッターでは、グリッド電流の逃げ道も必要なので、電流を縛り過ぎない抵抗1本の方が都合が良いというのもあります。

理由4:回路を簡単にしたかった

ミニワッターは多くの方が手軽に作れることを大きな目的としていますので、できるだけ回路はシンプルに、部品点数は少なくという考え方があります。

理由5:オマケ

かのウィリアムソン・アンプが抵抗1本方式。

ドライバも出力段もカソード抵抗にはコンデンサを抱かせていません。コンデンサの有無でアンプの動作はガラリと変わります。


<収まりの良い方法>

立ラグでは収まりの良い配線ができないのですが、6P×2列の平ラグと貼り付け式ボスを使うとじつに簡単に定電流回路が組み込めることに気がついたので、今更ながらやってみることにしました。今まで、どうしてこの方法を思いつかなかったのだろうと思います。考える気がなかった、というのがその答えですが。


<回路の設計・・・基本バージョン>

6N6P全段差動プッシュプル・ミニワッター2012 V2の出力段を定電流化することにして説明します。560Ωの代わりに入れる定電流回路の仕様は、動作電圧=21V、定電流値=37〜38mAで抵抗1本の時と変わりません。

まず、6.2Vのツェナダイオードで基準電圧を作り、トランジスタのベースの電位を決めてやります。ツェナダイオードは5Vくらいのものが最も温度特性が良好で、7Vくらいのものが動作抵抗が低い(定電圧性能が高い)ので間をとって6.2Vとしました。トランジスタのベース〜エミッタ間電圧は一般に約0.6Vと言われていますが、使用したパワートランジスタに数十mA程度を流した場合のベース〜エミッタ間電圧はやや低めの0.55Vくらいになります。ベース電圧が6.2Vですから、エミッタ電圧は自動的に6.2V−0.55V=5.65Vで安定します。

トランジスタのエミッタ電流値は、5.65Vとエミッタ抵抗によって決定されます。加えてツェナダイオードを定電圧動作させるには1mA〜数mAの電流を流す必要がありますから、エミッタ電流は目標値の37〜38mAよりも若干少なめが適切です。エミッタ側に160Ωを入れた場合のエミッタ電流は、5.65V÷160Ω=35.31mAですのでこれで話を先に進めます。

トランジスタのコレクタ〜エミッタ間にかかる電圧は、21V−5.65V=15.35Vです。コレクタ損失をざっと計算すると、15.35V×35.31mA=542mWとなりました。TO-220タイプのパワートランジスタならば放熱器なしで対応可能です。ちなみにTO-220タイプのパワートランジスタの放熱器なしで常温時のコレクタ損失の上限は1.5W〜2Wです。

トランジスタの候補としては、手元にある2SD2531や2SD2012としました。ちなみにこの2つのトランジスタのhFEは120〜350くらいでばらつきますが、ここではhFE=200として計算します。本回路はhFE値がばらついても結果にはあまり影響がありません。hFE=200だとするとベース電流は、35.31mA÷(200+1)=0.18mAです。

総電流の目標値を37.5mAとすると、エミッタ電流が35.31mAですからツェナダイオード側にまわす電流は、37.5mA−35.31mA=2.19mAです。抵抗器によって供給する電流はベース電流を加えた、2.19mA+0.18mA=2.37mAとなります。抵抗器にかかる電圧は21V−6.2V=14.8Vですから、ここに入れるべき抵抗値は14.8V÷2.37mA=6.24kΩです。6.2kΩを入れたとして再計算した結果が右図の値です。

<回路動作の説明・・・基本バージョン>

この回路を実際に組んでみて測定した結果は右図のとおりです。ほとんど計算通りとなりました。

アンプの電源がONになって6N6Pにプレート電流が流れ始めると、プレート電流はまず6.2kΩとツェナダイオードに流れてツェナダイオードの両端に安定した6.2Vが生じます。同時にトランジスタのベースにも6.2Vが与えられ、エミッタ側は自動的に5.65Vに固定されるので、エミッタ電流は35.31mAで安定します。定電流回路全体には21Vがかかるわけですが、この電圧が変化してもエミッタ電流値はほとんど変化せず一定値を保ちます。

しかし、一定値を保つのはエミッタ電流だけで、6.2kΩに流れる電流やツェナダイオード側に流れる電流はわずかですが変化します。つまり、この回路は完全な定電流回路ではありません。完全な定電流回路の内部抵抗は無限大(∞)ですが、この回路の内部抵抗は6.2kΩであまり高くありません。差動PPミニワッターにおいて定電流特性の完全性を求めることは一長一短があるため、あえてこういう選択をしました。

差動PPミニワッターは、最大出力付近でわずかながらグリッド電流が流れる設計を行っています。カソード側を完全性の高い定電流回路にしてしまうと、グリッド電流が流れた分だけプレート電流が減らされるというシーソー現象が起きます。当初の設計でカソード側を抵抗1本で済ませたのはグリッド電流の逃げ道を確保する意味もあったのですが、定電流回路化した場合もそのような要素を少しだけ残しておくことにしました。

グリッド電流の存在を無視して完全性の高い定電流回路にしても大きな問題はありません。無限大に近づけたい場合は、6.2kΩの抵抗器を約2.4mAの定電流ダイオードと置き換えてください。


<回路の設計・・・温度補償バージョン>

基本バージョンは若干ですが温度変化の影響を受けるという欠点があります。まあ、欠点というほどのものではなく、実用上は問題ありませんし音への影響も全くありませんが、回路技術としてもう少し工夫してみたのが本回路です。

ツェナダイオードの温度特性は、5Vのものが温度に対してニュートラルで5V以上では正の温度係数を持ちます。6.2Vのツェナダイオードの温度係数はおおよそ1mV/℃です。

温度の影響を受けやすい部品がもうひとつあります。それはトランジスタです。トランジスタのベース〜エミッタ間電圧は負の温度係数を持ち、その大きさはおおよそ−2mV/℃です。温度が1℃上昇すると、ベース〜エミッタ間電圧は−0.002V変化し、20℃上昇すれば−0.04Vの変化が起きます。

温度上昇によってツェナ電圧が上昇すれば、定電流回路のエミッタ電圧が上昇します。温度上昇によってベース〜エミッタ間電圧が低下しても、定電流回路のエミッタ電圧は上昇します。ツェナダイオードの温度係数の影響が1mV/℃、ベース〜エミッタ間電圧の温度係数の影響が2mV/℃、合わせて3mV/℃となります。これを180Ωで割ると、3mV/℃÷180Ω=0.017mA/℃となります。温度が10℃上昇するとエミッタ電流は0.17mA増加し、20℃では0.34mAの増加ということになります。

右の回路は、温度係数の影響を打ち消そうというものです。シリコンダイオードは、トランジスタのベース〜エミッタ間電圧と同じ−2mV/℃の温度係数を持ちます。そこでツェナダイオードと直列にシリコンダイオード(1S2076A)を入れることで、シリコンダイオードの温度特性とトランジスタのベース〜エミッタ間電圧の温度特性が打ち消し合ってくれるわけです。この手法は、半導体回路では常識中の常識とも言えるものです。これによって3mV/℃→0.017mA/℃だったものが1mV/℃→0.0056mA/℃になりました。

なお、1S2076Aに2〜3mAを流した時の順電圧は、常温(25℃)では0.63Vくらいになりますが、アンプに組み込んだ場合は10〜20℃の温度上昇が見込まれるので、本設計の計算では0.6Vとしています。

<回路動作の説明・・・温度補償バージョン>

この回路を実際に組んでみて測定した結果は右図のとおりです。こちらもほとんど計算通りとなりました。

動作自体は基本バージョンと変わることはありません。違うのは、部品が1個増えたことと、回路定数を若干調整したこと、そして温度変化の影響を受けにくくなったということです。


注意1: 計算で使用したツェナダイオードの電圧(6.2V)やトランジスタのベース〜エミッタ間電圧(0.55V)やトランジスタのhFE値は経験と実測にもとづくものです。

注意2: 差動PPミニワッターでは、ここまでの温度特性の安定は必要としていません。


<回路定数>

回路設計の自由度が高いので以下のデータにとらわれることはありません。ちょっとデキる方であれば手持ちの部品を工夫して設計してください。

6N6P差動PP2012 V2
6N6P差動PP2014
平衡型6N6P差動PP
6DJ8差動PP20176DJ8差動PP2012 V3
基本バージョン温度補償バージョン基本バージョン温度補償バージョン基本バージョン温度補償バージョン
動作電圧21±1V19.2±1V17.8±1V
定電流値37.5mA21mA21mA
ZDHZ6-C2
6.2V
(6.0〜6.3V)
HZ6-C2
6.2V
(6.0〜6.3V)
HZ6-C2
6.2V
(6.0〜6.3V)
HZ6-C2
6.2V
(6.0〜6.3V)
HZ6-C2
6.2V
(6.0〜6.3V)
HZ6-C2
6.2V
(6.0〜6.3V)
Diode-1S2076A-1S2076A-1S2076A
RB6.2kΩ1/4W5.1kΩ1/4W5.6kΩ1/4W5.6kΩ1/4W5.1kΩ1/4W5.1kΩ1/4W
RE160Ω1W180Ω1W300Ω1/2W330Ω1/2W300Ω1/2W330Ω1/2W


<部品>

気難しい回路ではありませんので、工夫次第で手持ちの部品をかき集めても出来てしま方もいるでしょう。参考程度にコメントを書いておきます。

トランジスタ・・・形状は、放熱の都合からTO-220(2SD2531や2SD2012)が無難ですが、コレクタ損失が0.4W以下になるのであればTO-126(2SC3421や2SC3422)も使えます。NPNタイプ(2SC/2SD)で、動作電圧に対して十分な耐圧があり、電流定格が0.5A以上で、hFEが100以上得られるのであれば品種はほとんど問いません。回路を上下ひっくり返せばPNP(2SA/2SB)でも設計が可能です。

ツェナダイオード・・・本回路の目的には5V〜8Vのものが適します。本レポートでは6.2V±0.1VのHZ6-C2を使いましたがこれはすでに製造中止です。回路定数を設計し直せば指定以外のものも使えます。

シリコンダイオード・・・温度補償用に追加した1S2076Aは、1S277、1S1588などの小信号スイッチングダイオードで代替できます。順電圧が異なりますがSBDもシリコンダイオードに準じた温度特性(−1.5mV/℃くらい)を持っているので応用が可能です。

ハンダ吸取線・・・すでに取り付けてあるカソード抵抗の撤去では、ハンダ吸取線を使わないと苦労するだろうと思います。

部品頒布のご案内はこちらです。→ http://www.op316.com/tubes/buhin/buhin.htm


<製作>

6P×2列の平ラグに左右2チャネル分を組み込みました。平ラグのパターンは下図のとおりです。特に難しいところはありませんが、左右対称の配置なのでパワートランジスタの向きが逆になっている点に注意してください。各部品のリード線は若干長めにした方がきれいに仕上がります。ジャンパー線および配線材は太くする必要はありません。白い線材は出力段の共通カソードで、黒い線材は左右まとめてアース母線につなぎます。アース側をわざわざ左右で分ける必要はありません。

左下は最初に製作した基本バージョンです。160Ω1Wの抵抗器の持ち合わせがなかったので、270Ω1/2Wと390Ω1/2Wを並列にして159.5Ωとしてあります。右下は温度補償バージョンです。

基本バージョン→ ←温度補償バージョン


<実装>

ミニワッターのシャーシへの組み込みには、穴あけ不要の貼り付け式ボスを使いました。もちろん、穴を開けてスペーサで取り付けてもかまいません。560Ω3Wの抵抗器は撤去します。他の部品と当たらないようにパワートランジスタが底板に接近するような高さに位置決めしてあります。この位置は底板の通風孔の近くなので効率的に冷却されます。


<特性など>

さて、特性はどうなったかですが、6N6P全段差動プッシュプル・ミニワッター2012 V2のデータを取りました。

左側は2015年1月に測定した抵抗1本バージョンで、右側は今(2017年5月)測定した定電流化バージョンです。両者とも全く同じアンプに同じ球を挿したまま同じチャネルでの比較ですが、測定した時期に2年4ヶ月の開きがありますから、球の経年変化による違いが含まれます。0.03W以下のノイズ領域は測定環境で変わってしまうので、この部分での違いを論じることに意味はありません。

カーブの形状が変わるわけではなく、全体の傾向に変化はありません。線の位置を良く見ると定電流化バージョンの方がほんの少しだけ歪みが多いですから、理論どおりの結果だと言えるかもしれません。しかし、球の個体差の方がもっと大きいですから、データで見て認識できるような変化はないとみていいでしょう。周波数特性については全く変化なしです。

問題の音ですが、変更直後の状態としては、はっきりと認識できるような違いは感じません。なんとなく感じるのはプレゼンスの変化で、静かに広がる感じがします。音についての評価が固まるには少々時間がかかるだろうと思います。

抵抗1本バージョン / 定電流化バージョン

<スイッチで抵抗1本と定電流回路を切り替え>

カソード側を支点にしてこれまでの抵抗1本方式とこの定電流回路方式をスイッチで切り替える。
誰もが考えつきそうなエッチな発想ですね。
その場合は、6Pトグルスイッチと8P×2列の平ラグでしょうか。
回路的には可能ですが、以下の点に注意してください。

アンプの動作中は、出力管のプレートには高圧、グリッドは前段と直結の電圧がかかっています。
トグルスイッチを使った場合、スイッチで切り替える瞬間に接点がオープンになりますから、カソードは無接続になります。
この瞬間、カソードにはプレートと同じ高圧が現れます。
タイミングが悪いと定電流回路が一瞬にして破壊します。

切り替えスイッチを操作する時は、必ずアンプの電源を切ってしばらく時間を置いてください。
誰もがやりたがる、瞬間的なA/B切り替えゴッコはできません。


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