私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編 電圧増幅回路の設計と計算その5 (カソード・フォロワ回路) |
利得は1倍以下なのに、高い入力インピーダンスと低い出力インピーダンスが得られ、しかも誰が組んでも低歪みが保証される、という特徴があるために、増幅回路のさまざまな局面で登場するのがこのカソード・フォロワ回路です。一見簡単そうに見えるカソード・フォロワ回路ですが、実装を誤るとたちまち発振しますし、調べてゆくにつれてその奥の深さも見えてきました。
基本動作
右図は、6FQ7/6SN7GTを使ったカソード・フォロワ回路の例です。電源電圧が220V、カソード側の負荷抵抗は39kΩ、プレート電流は2.5mAとなっています。グリッドには方法はともかくとして+94Vがかかるようにしてあると思ってください。Rgの値は設計の考え方で決まった値はありませんが、通常は220kΩ〜1MΩくらいの高抵抗が選ばれます。このような条件が与えられている場合、ロードラインは、右下図の青線のように引きます。この図は見覚えがありませんか。そうです、これはロードラインその2 (電圧増幅回路・・実践編)で使ったのと同じ図です。このロードラインの引き方は、通常のプレートに負荷を与える増幅回路と全く同じなのです。
プレート電圧というのは、カソード〜プレート間の電圧のことでしたから、電源220Vから39kΩの両端に生じた電圧を引いた値がプレート電圧になります。通常の増幅回路と違うのは、負荷抵抗がプレート側にはいっているか、カソード側にはいっているかだけです。
このカソード・フォロワ回路は、プレート電流が2.5mAということになっていますから、39kΩの両端に生じる電圧は、
2.5mA × 39kΩ = 98V
になります。すなわち、プレート電圧は、
220V - 98V = 122V
です。この動作条件は右図ののとおりです。この時のバイアスは「-4V」ですね。ですから、グリッドに
98V - 4V = 94V
の電圧を与えた時のこのような動作でバランスします。では、たとえば、カソード電圧が68Vとなるのはどういう時でしょうか。ロードライン上からプレート電圧が152Vのポイントを探すと、おおよそ、
が求まります。カソード電圧が68Vで、この時のバイアスが-5.9Vと読み取れますから、グリッド電圧は、68V-5.9V=62.1Vとなるわけです。さて、ここで得られた結果を整理して書き直してみます。
- カソード電圧:68V
- プレート電圧:152V
- プレート電流:1.74mA
- バイアス:-5.9V
- グリッド電圧:62.1V
最初の条件 後の条件 その差(変化率) カソード電圧 98V 68V 30.0V → 出力電圧 グリッド電圧 94V 62.1V 31.9V → 入力電圧
もうおわかりですね。上の表は、グリッドに31.9Vの信号を入力すると、カソード側からは30.0Vの出力が得られるということを意味しているのです。つまり、0.94倍の利得を持った回路なのです。カソード・フォロワ回路では、利得は必ず1.0未満になります。そして、μが高ければ高いほど、利得は1.0に近くなります。μと利得との関係は、
利得 = μ ÷ ( μ + 1 )
で表わされます。但し、負荷抵抗の値が出力インピーダンスに対して十分に大きいということが条件です。 さて、カソード・フォロワ回路の出力インピーダンスの求め方ですが、
出力インピーダンス = 1 ÷ gm
で計算できます。カソード・フォロワ回路の出力インピーダンスは、ほとんどgmだけで決まってしまいますので、いくら大型の出力管を持ってきたところで、その球のgmが低ければ出力インピーダンスは低くなりません。代表的な球について、簡単にまとめてみましたので参考にしてください。
12AX7 6DJ8 6FQ7/6SN7GT 12AU7 5687 6F6GT(3結) 2A3 μ 100 33 20 17 17 6.8 4.2 ベースとなる利得(倍) 0.99 0.97 0.95 0.94 0.94 0.87 0.81 gm 1.6 12.5 2.6 2.2 8.5 2.6 5.25 出力インピーダンス 625Ω 80Ω 385Ω 455Ω 118Ω 385Ω 190Ω
さて、最終利得の計算はこのように考えます。まず、μによってベースとなる利得を求めます。次に、gmによって求めた出力インピーダンスと、負荷インピーダンスによって減衰率を求めます。最終利得は、「ベースとなる利得」×「減衰率」になります。本章の冒頭の回路について計算してみましょう。まず、ベースとなる利得は、
20 ÷ ( 20 + 1 ) = 0.952
となります。出力インピーダンスは、
1 ÷ 2.6 = 385Ω
ですから、負荷インピーダンスが39kΩの時の減衰率は、
39,000Ω ÷ ( 39,000Ω + 385Ω ) = 0.990
従って、最終利得は、
0.952 × 0.990 = 0.942(倍)
になります。この計算結果は、さきほどロードラインを使って求めた利得(0.94倍)とほとんど同じ結果ですね。
出力インピーダンスと負荷インピーダンス
カソード・フォロワ回路の出力インピーダンスは、多くの場合数百Ω程度となって、非常に低い値です。たとえば、6FQ7や同特性管の6SN7GTの出力インピーダンスは385Ωです。それだったら、1kΩ程度の非常にインピーダンスの低い負荷を与えてもいいのでしょうか。答えは「No」です。右図を見てください。青い線は、本章冒頭の回路例の直流におけるロードラインです。この回路に、1kΩのインピーダンスを持った交流負荷を与えた時のロードラインが、緑色の線です。
緑色の線は、ほとんど直立してしまって、ロードラインをなしていません。それが証拠に、入力信号(バイアスが-2V〜-6V)が与えられた時のロードライン上のプレート電圧の範囲は、118V〜124Vにしかなりません。その差わずかに6Vです。これは、実効値にして2.1Vです。つまり、この回路で得られる最大出力電圧は、わずかに2Vそこそこしかないことになります。
もっと高い出力電圧を得ようとしたら、ロードラインはもっと寝ていなければなりません。どれくらい寝ていたらいいかというと、Ep-Ip特性曲線(黒線)と比較して十分に寝ている必要があります。黒線は、6FQ7/6SN7GTの内部抵抗(rp)そのものですから、ロードラインは、rpよりも高い値でなければならないことがおわかりいただけると思います。カソード・フォロワといえども、十分な出力電圧を得るためには、通常のプレート負荷の増幅回路と同じくらいの負荷インピーダンスでなければならないのです。
図中の39kΩのロードラインくらいの角度であれば、有効に使える電源電圧の範囲を広く取れるため、十分に高い出力電圧を得ることができますが、1kΩのロードラインでは有効に使える電源電圧の範囲が極端に狭くなってしまってお話にならないのです。つまり、いくら出力インピーダンスが数百Ωと低い値が得られるカソード・フォロワ回路であっても、それが、低インピーダンス負荷に耐えることを意味しないのです。
カソード・フォロワ回路については、「わたしのおもちゃ箱」のコーナーでより詳しく取り上げていますので、是非、参考にしてください。
多極管のカソード・フォロワ
これまで、もっぱら3極管を使ってカソード・フォロワ回路を見てきましたが、多極管のカソード・フォロワというのはどういうことになるのでしょうか。カソード・フォロワ回路のベースとなる利得は、μが高ければ高いほど1.0倍に収束しますから、そもそもμの値が極端に高い多極管では、ベースとなる利得はほとんど1.0倍となりそうに思えます。
カソード・フォロワ回路の本質は、プレートが交流的に接地されていることにあります。ところで、右図の回路では、スクリーン・グリッド(G2)はコンデンサ(Cg2)で交流的に接地されていますね。
ということは、プレートとスクリーン・グリッドは(アースを通じて)ともに交流的に結合されてしまっています。これは、3極管接続にほかなりません。ですから、このような回路では、多極管といえども3極管接続として動作します。もはや、多極管とはいえなくなってしまうのです。
ただし、一般に認知されている3極管接続というのは、プレート電圧とスクリーン・グリッド電圧は常に同電位ですが、右の回路では、抵抗(Rg2)でドロップされた分スクリーングリッド電圧の方が低くなっていますので、通常の3極管接続のEp-Ip特性データは使えません。そんなややこしいことをするくらいなら、Rg2やCg2をなくしてしまって、素直に、スクリーン・グリッドをプレート(すなわちB+)につないでしまえばよいのです。カソード・フォロワ回路では、多極管を起用したとしても、スクリーン・グリッドを交流的に接地している限り、結局は3極管接続になります。
では、5極管本来の特性を生かしたカソード・フォロワにするにはどうしたらいいでしょうか。
そのためには、信号が入力された時に、カソード電位とスクリーン・グリッドの電位が交流的に同じになるようにしてやればよいのです。スクリーン・グリッドとカソードとをコンデンサ(Cg2)でつないでやります。(右図)
その時、B+〜スクリーン・グリッド間には十分大きな値のドロップ抵抗がなければなりません。何故ならば、スクリーン・グリッドのドロップ抵抗はCg2をパスしてそのままカソード負荷抵抗(Rk)と並列に負荷になってしまっているからです。
さらにもうひとつ注意しなければならないことがあります。それは、カソード電流にはスクリーン・グリッド電流も紛れ込んでいるという点です。多極管接続時のスクリーン・グリッド電流成分は、3極管接続の時と違って負荷に対して仕事をしません。仕事をするのはプレート電流成分だけです。従って、ロードラインはカソード電流ではなくプレート電流で引かなければなりませんが、実際の動作時の電圧はロードラインどおりの値にはなりません。
右上の図の回路例について、実際にロードラインを引いて動作の検証をやってみましょう。
プレート・カソード間電圧が120V、プレート電流が2.2mAでその時のバイアスが-1Vですから、ロードラインは右図の30kΩの線になります。
さて、スクリーン・グリッド電圧が75Vでバイアスが-1Vの時のスクリーン・グリッド電流(Ig2)は、図中の赤い線より0.9mAであることが読み取れます。ということは、B+(213V)からスクリーン・グリッドに供給する電源(168V)のためのドロップ抵抗は、(213V-168V)÷0.9mA=50kΩでなければなりません。
そして、このドロップ抵抗はB+に接続されていますから、交流的にみるとアースに接続されているのと同じことになります。すなわち、本カソード・フォロワ回路の負荷抵抗は、30kΩと50kΩとの並列合成値(18.8kΩ)ということになるのです。従って、真のロードラインはもっと立ってしまいます。
カソードには、プレート電流(2.2mA)とスクリーン・グリッド電流(0.9mA)の合計値(3.1mA)が流れますから、カソード電位は、3.1mA×30kΩ=93Vになります。2.2mA×30kΩ=66Vにはならないことに注意してください。このことは、ロードライン上には現われてきません。
このように、多極管動作をさせたカソード・フォロワ回路では、考慮すべき点が多くその設計は一筋縄ではゆきません。多極管の挙動を十分理解した上で設計する必要があります。
バイアスの与え方
カソード・フォロワ回路へのバイアスの与え方には大別して2つの方法があります。ひとつは、カソード抵抗による自己バイアスの原理を使ったもので、通常の増幅回路のカソード・バイアス(自己バイアス)と全く同じに考えることができる方式です(下図左)。もうひとつは、通常の増幅回路とはちょっと違いますが、グリッドに直接電位を与えるという点で固定バイアスと呼んでいい方式です(下図中央)。
カソード・バイアス(自己)方式
カソード・バイアス(自己)方式のカソード・フォロワ回路では、カソード抵抗(Rk)における電圧降下をバイアスとして使います。ロードラインを引く場合は、通常の増幅回路におけるプレート負荷抵抗が、カソード側に場所を移しただけ、という風に考えます。ただし、ロードラインで使う負荷抵抗値は、RLにRkを加えた値を使用する点が、通常の増幅回路の場合と異なっています。
固定バイアス方式
まず、グリッドの電位を決定します。上図中央の回路では、2つの抵抗(Rg1,Rg2)で分流回路を作り、グリッドが希望する電位になるようにしています。ロードラインは、上記カソード・バイアスの場合と基本的に同じです。
前段直結方式(上図右)も、固定バイアスの一種です。上図中央の回路を異なるのは、単に、バイアスを前段のプレート電圧(等)を流用しているということだけです。前段との間の結合コンデンサ(C)が不要になるという点で優れているため、非常に良く利用されます。但し、前段で与えられるグリッド電位があまり高いと、カソード・フォロワ段の電圧配分に不都合が生じて、得られる最大出力電圧が低下してしまう点に注意がいります。
カソード・フォロワ回路の得失
カソード・フォロワ回路には、以下のようなメリットがあります。
一方、デメリットは以下のとおりです。
- 入力インピーダンスが非常に高い。
- ミラー効果がないので、入力容量が非常に低い・・高域特性改善に有利。
- 出力インピーダンスが低い・・高域特性改善に有利。
- 歪み率が非常に低い。
- B電源の残留リプルの影響を受けにくい。
そして、注意すべき点は、
- 利得が1.0倍以下しかない。
- カソードが交流的に接地されていないので、ヒーターハムを拾いやすい。
- (本ページでは触れていませんが)動作が不安定で、高周波領域でピークができやすく、容量負荷時などで発振しやすい。
です。
- 出力インピーダンスが低いからといって、あまり重い負荷を与えることはできない。
- ヒーター〜カソード間に100V以上の電圧がかかることが多いので、ヒーター〜カソード間耐圧に注意が必要。
- ノイズが多いので微小信号回路には適さない。
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